血の記憶(R18)
□疑惑
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数日後、綾が訪ねてきた。
彼女は晃聖の仕事ぶりや様子を話し、『最近蒼依のことを聞き出そうとしなくなったので、もう諦めたのではないか』、と言った。
胸が苦しくなってきた。蒼依のためにと尽力し、苦手な嘘までつきかばってくれる綾にこれ以上黙っていられない。
「お話しなければならないことがあります」おずおずと切り出した。
ジッと見入られ、少しばかり尻込みしたが逃げはしなかった。
「実は真崎さんが訪ねてきました。一ヶ月ほど前になります」
一瞬、綾は呆気に取られたものの、急きこんで弁解を始めた。
「わ、私は何も話してないわよ。そりゃ、かわいそうに思ったこともあったけど、絶対に話してない。信じて」
「わかっています」安心させようと、笑みまで見せた。「彼は、兄と同じ方法で私を捜し出したんです」
「お兄さんがいたの?」彼女は意外なところに食いついた。目を丸くしている。
蒼依はうなずいた。
「兄とはずっと音信普通で、もう会えないものと諦めていました」
そして、彼らがやってきた過程をかいつまんで説明し、頻繁にやってくることを話した。
「彼はとうとう、あなたを見つけたのね。初めて会った日、『必ず捜し出す』って宣言したのよ。怖いくらい真剣な顔だった」
「彼はしつこいんです」
その発言に、綾は少々心配になったようだ。
「それで、困ったことになってない?」
蒼依はきまりの悪さに目をそらした。
確かに最初は迷惑だった。毎回、部屋から叩き出したいくらい――しようと思ってもできないが――腹を立てていた。それが兄との絶縁の危機を救われ、孤独を追いやり、そして恋人になった。今ではなくてはならない人だ。
これまで綾には、何度か彼と話し合ってみるよう勧められてきた。それをことごとく断ってきたのだ。今さら恋人になりました、なんてとても話せない。
「と、とくに困るということはありません。それより彼は兄と友だちになったようで……」晃聖の話を避けたくて、兄の話しを始めた。「兄とは八年ぶりの再会でした。兄は家出して……」またも言葉につまった。
どこまでしゃべっていいのかわからない。とてもじゃないが、家出の原因までは話せない。永年通した秘密主義は、そう簡単に変えられるものではなかった。
「ずっと行方がわからなかったんです」結局、ほとんどをカットして話を打ち切った。
「再会できて良かったわね」綾が優しく言った。「会えなくて淋しかったでしょう?」
込みあげてくるものを堪えて、うなずいた。それが本音だ。
「初めてね。打ち明け話をしてくれたのは。私を信じてくれてありがとう」綾がしみじみと感想をもらした。
たったこれだけの告白で、喜んでもらえるとは思わなかった。自分の心を打ち明ける。蒼依には苦手なことだった。
だが、感情を爆発させたことで、新たな段階を迎えていた。永年降り積もったストレスから解放され、頑なだった心が軽くなった気がする。綾から嘘偽りない友情を示され、切実に応えたいと思った。
信頼と相互理解。山ほど秘密を抱えていては築けない関係だ。いつか時期がきたら、すべてを綾に打ち明けようと心に決めた。