イブの夜は更けて(R18)
□襲撃
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捺希の耳にシャワーの音と、蝉のやかましい鳴き声が戻ってきた。それに、ふたりの荒い息づかいが混じっている。
捺希は五十嵐の胸にもたれ、じっとしていた。動こうにも壁と五十嵐に挟まれ、彼が中に入ったままだ。
それに顔をあげたら、何か言わなくてはならなくなる。頭の中はとっ散らかったまま、言うべき言葉が見つからなかった。
その前に、どうしてこうなったのかわからない。なにしろ相手はつき合ってもいない雇った便利屋だ。
自分のことならわかる。欲望に流され、――これまで流されたことはなかったのに――自分を見失ったのだ。
じゃあ、彼は?
気がついたら、五十嵐が後ろに立っていた。
もしかして……。あまりにも彼を見る目がいやらしくて、セックスするのも仕事のうちだ、と思ったのでは?
そう考えたら、自己嫌悪に陥った。情けないやら、恥ずかしいやら、この先ずっと地面を見て歩きたいくらいだ。このまま五十嵐の顔を見ないで済むなら、借家を手放したっていい。
だがいつまでもこうしてはいられない。
五十嵐の速かった鼓動はいつものペースを取り戻し、捺希の腰を抱いていた左手が頭に移った。射精後の茫然自失状態から立ち直りつつあるようだ。
射精のキーワードで新たなパニックに陥った。
今だけでも手一杯なのに、妊娠の心配までしなきゃならないの?
恥ずかしさと気まずさと不安が入り乱れ、ちっとも考えがまとまらない。
それなのに五十嵐が髪に指をくぐらせ、捺希の顔をあげさせにかかった。そして、まだ心の準備ができていないのに、現実に向き合わされた。
五十嵐の顔に恥じらいはみじんもなかった。それどころか、気だるい笑みを浮かべ満足気だ。彼女に余裕でひとつキスをした。
「順番が逆になったけど」五十嵐がしゃがれ声でしゃべり出した。「俺とつき合ってくれないか?」
目を丸くして、彼を見つめた。
「えっと……」頭は真っ白だ。
すると、五十嵐が思い出させるように繋がったままの腰を動かした。
ボッと顔が燃えあがった。どぎまぎして視線を外し、目の前の肩に顔を埋める。
離婚して1年以上が経った。別に結婚を申し込まれたわけじゃないんだし、そろそろ誰かとつき合うぐらいしてもいいんじゃない?
正直、五十嵐に惹かれていた。友だちの先を見てみたいと思ったほどに。想像していたペースよりずっと速いが、この状況を考えればつき合うのが1番正しい気がした。
顔をあげ、上目使いに五十嵐を見る。
彼は真剣な表情で、捺希の返事を待っている。右腕は未だ彼女の尻を持ちあげ、左手は優しくうなじを支えていた。
「よろしくお願いします」小さく恥ずかしそうに答えた。
五十嵐が熱烈に唇を合わせてきた。うなじを掴む手に力が入り、愛し合っていた最中よりも執拗だ。
五十嵐が息を切らして、顔をあげた。
「仕事も終わったし、これからデートしよう」晴れやかな笑顔で、彼が提案した。「どこに行きたい?」まるで甘やかすような訊き方だ。
捺希は迷った。
「急に訊かれても……」
五十嵐がニヤリと笑った。
「きみの部屋か俺の部屋で、この続きをやってもいいよ」腰を突きあげる。
再び捺希は赤くなった。だいたいこの体勢で話を続けていること事態ばつが悪いったらない。
「だめ!片づけしながら、考えるから!」
盛りあがった肩に手を突っ張り、彼から離れようとした。
五十嵐が陽気な笑い声をあげながら絡んだ身体をほどき、彼女を下ろしてくれた。
そのとき初めて彼がコンドームを使っていたことに気づいた。
男性はチャンスを逃さないために、いつも避妊具を持ち歩いているのだろうか?
元夫の不実な顔が浮かび、胸に一抹の不安がよぎった。