イブの夜は更けて(R18)

□幸せと破滅の予感
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 「ごめん。今度の水曜は休めそうにないんだ」一馬は捺希を膝に載せ、謝った。
 待ちに待ったチャンスを掴み、彼女と付き合い始めて1ヶ月近くになる。今日は捺希のお気に入りになったお好み焼き屋に行って、送ってきたところだった。

 捺希の部屋は日当たりのいい2DKだった。内装もきれいで、家賃もきっと手頃なのだろう。なにしろ辻丸不動産が総力を上げて探した物件だ。
 そこに彼女のセンスが反映されている。ロイヤルブルーのラグに白いテーブルとふたり掛けのソファ。緋色のクッションが花を添えている。何より大きい本棚が幅をきかせ、こぢんまりしたテレビは隅に追いやられていた。あちこちに観葉植物がある居心地のいい部屋だ。
 一馬が1番関心のある寝室はもう少し狭く、残念なことにベッドはシングルだった。

 「どんな仕事が入ったの?」
 すぐに仕事だと察しがついたようだ。彼の唇に触りながら訊いてきた。

 そんな彼女がかわいくて、耳の下に鼻をすり寄せる。

 捺希がくすぐったそうに笑い、首をすくめた。

 彼女の笑い声を聞くのが好きだった。捺希が笑うだけで胸が温かくなり、こっちまでうれしくなってくる。愛し合うときは幸せの絶頂だった。考えただけで、股間が重くなってきた。

 「彼岸が近いんで、代理で墓参りと掃除をすることになっている」
 捺希の仕事を引き受けたときから水曜日を定休日にしていたが、最近墓掃除の依頼が立て込んでいた。

 捺希は何を考えているのか、膝に丸まったままだ。

 これまで仕事のせいで、別れる羽目になった女が何人もいた。休みが合わなかったり、一馬がブルーカラーだということを嫌がったり……。
 千尋は浮気が原因だったが、彼女の言い分じゃやっぱり一馬の仕事のせいだった。

 「ごめんな」頭を撫で、機嫌を取るように顔を覗き込んだ。

 「それって、あなたひとりが行かなきゃやらないの?」

 他の誰かと代われないか、と言いたいのだろうか?
無理だ。そんなことばかりやっていたら、〈よろず屋〉は潰れてしまう。

 捺希に、彼女の仕事と同じように、便利屋の仕事も大事だと思ってもらえないのが悔しかった。

 「俺が行くしかないんだよ」心を鬼にして言った。

 捺希が膝から下りて、隣りに座った。

 拒絶されて、すねてしまったのか?過去に何度こんなことがあったかしれない。

 「ふたりで行っちゃダメかな?例えば私と?」

 呆然とした。これまでこんなこと言い出した女はいない。大概、女は肉体労働を嫌う。汗だくになり、汚れることはやりたがらない。
 捺希とは一緒に汚れ作業をやった仲だが、あれは彼女の家だった。
 どうして行きたがるのかわからなくて、彼女を凝視した。

 「ほら、ふたりでやればそれだけ早く終わるし、何より一緒にいられるでしょう?」一馬がいつまでも黙っているので、説得を始めた。

 もう間違いようがなかった。何だか天井を飛ぶ天使のフレスコ画を見た気分だ。感動で胸がいっぱいになる。捺希の持つ公平さと、思いやりをひしひしと感じた。

 一馬はうれしくて、再び彼女を膝に抱きあげた。

 「それにあなた、借家の作業代金をどうしても受け取らなかったでしょう?だから、労働で支払うことに――」

 しゃべり続ける彼女の口をキスでふさいだ。

 捺希が説得を忘れて、夢中で首に腕を回してきた。

 彼女が愛しくてたまらない。便利屋の仕事を受け入れられ、心から安堵した。偏見を持つ者も多いが、だいたいが人を助ける仕事だ。
 一馬はこの仕事に誇りを持っていた。

 捺希が苦しそうなので、唇を離した。
 「ありがとう」彼女の唇に囁く。

 「じゃあ、行ってもいいってこと?」
 彼の心をとろかすあの微笑みがこぼれた。瞳が輝き、頬を染め、花が咲いたようだ。

 「ぜひ、きみの手を借りたい」思わせぶりに囁き、彼女の手を自分の身体に導く。

 「ちょっと、やだぁ……」捺希の笑みが照れ笑いに変わった。

 それもまた別の意味で彼に影響を与える。愛しさが切迫したものに変わり、スカートの中に手を忍ばせた。

 「お礼をしないとな」

 「えっ?ちょ、ちょっと待って!」捺希が慌てている。

 「遠慮はいらないよ」
 問答無用で唇を奪った。深くキスしながら太股を撫でる。下着の上から女の部分をなぞった。

 捺希が彼の手首を掴み、スカートの中から引っ張り出そうとしている。
 だが彼の決意を曲げるには力が弱過ぎた。

 執拗に撫でさすっていると、下着が湿ってきた。手首を掴む手から力が抜けていく。

 一馬はトップをまくり上げ、乳房にむしゃぶりついた。先端を吸いあげ、下着の中に手を入れる。

 彼女にもう異存はないようだ。しがみつき、次の動きを待っている。小さな割れ目は濡れ、彼の指を喜んで受け入れた。指の動きに合わせて鼻声が漏れる。
 スカートをめくりあげ、下着を下ろしたときも文句ひとつ言わなかった。

 いつもはもっと時間をかけるのだが、今は一刻も待てない。コンドームをはめると、すぐに捺希を自分の腰に跨らせた。

 「はぁ……」捺希が艶っぽい声をあげ、一馬は温もりに包まれた。

 彼女のトップと自分のTシャツを剥ぎ取り、裸の胸と胸を合わせる。ついでに唇も合わせ、彼女を貪った。コンドームの薄い隔たりがうとましかった。

 捺希の粘膜を直接感じ、子種を注ぎ込みたい。全てを彼女と分かち合いたい。
 だが、今はまだ無理だ。

 叶わない望みを憂う代わりに、一馬は動き始めた。捺希の身体を軽々と上下させ、悶えうごめく彼女の締めつけを堪能する。唇を味わい、恍惚の表情に見惚れた。
 いよいよになると床に移動し、腰を抱えてさらに奥を穿つ。激しいリズムに淫らな音と彼女の切迫した声が重なる。

 「いくよ」
 一馬はスピードをあげ、一点に集中した。

 捺希が腰を跳ねあげ、けいれんする。

 一馬はそれを押さえつけ、最後までしごかせ力尽きた。至福の瞬間だった。








 

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