イブの夜は更けて(R18)
□幸せと破滅の予感
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捺希は早く帰りたくて家路を急いだ。我が家と呼べる場所に戻り、この心もとなさを少しでも払拭したかった。
最寄りの駅の階段を駆け下り、幅広の歩道を横切っていく。バス待ちの列に並ぼうとして、彼に捕まった。
「遅かったな?」白い息を吐きながら一馬がひと言訊いた。
会えた喜びと不安で鼓動がムチャクチャに打ち、頭の中はグチャグチャだ。
一馬は答えを期待するでもなく、彼女を引きずって路肩に停めた軽自動車に乗せた。
車の前を回って運転席に乗り込む一馬を飢えたように見つめる。これが最後になるかもしれないと思うと、彼の存在の重さをより一層実感した。
「メールをした」一馬がボソリと言った。
薄暗い車の中で、彼の姿は影に沈み険しく見える。
「マナーモードにしてたの」原村との対決に気を取られ全く気づかなかった。
「電話もした」
「ごめんなさい」
「残業かと会社まで行ってみた」
「人と会ってたから」
一馬がフッツリと黙った。
誰と会っていたのか話すのを待っているのだろうか?
だけど話したら名刺のことまで話さなきゃならなくなる。原村は“裏切らない”と約束してくれたのだから、こちらも名刺のことは黙っているべきだ。だから沈黙を守った。
「昨日は会えなくてすまなかった。ようやく仕事にけりがついたんで、今夜どうしても会いたかった」
怒涛のように安堵が押し寄せてきた。会っていた相手を問いつめられなかったこと、別れ話じゃなかったこと。そして彼も会いたがってくれていた。
喜びが全身を駆け巡り、身体が勝手に彼の方に傾いた。肩を掴まれ、あっという間に彼の腕の中だ。
一馬といると家に帰ったときのように心が安らぐ。満足のため息をもらすと、彼の唇がかぶさってきた。
深く長いキスに、一馬もこのときを待ちかねていたのだとわかる。このままこうしていたら服まで剥ぎ取られそうな勢いだ。
「さあ、帰ろうか」ようやく彼が息を切らして顔を上げた。
車の中は暗かったが、外から差し込む街灯の灯りで彼の熱っぽい目の輝きが見える。私が絶世の美女で、他の誰も目に入らないみたいなあの視線。このあと一馬が何を考えているのか一目瞭然だ。
捺希に文句はなかった。一馬との時間は貴重だ。会えなかった孤独な日々と、不安に震えた数時間を体験すればなおさらそれがよくわかる。しかも彼の期待に応えられない自分の情けなさを考えると、この幸せがいつまで続くかもわからない。そんなときにためらって時間を無駄にしていたくなかった。
その夜の一馬は執拗だった。ひとつになるまでにたっぷりと時間をかけ、なってからも絶頂の手前で身体を引いて歓びを長引かせた。
クタクタになって眠った数時間後には身体を探る巧みな手に起こされ再び交わった。
そのあと重なり合って眠った。小さなベッドは彼には窮屈だろうに、文句ひとつ言わなかった。
厚い胸に寄り添って眠りに落ちる寸前、同棲はできないができるだけ一緒にいられるように努力しようと思った。