イブの夜は更けて(R18)
□報い
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一馬はアパートの前を離れ、彼女のベランダがよく見える道路脇に車を停めた。
捺希の部屋の明かりが点いている。
今、彼女がひとりで泣いているかと思うと、やり切れなさに身を刻まれるようだ。今朝まで彼女とあの部屋にいたのに、これでは振り出しに戻ったも同じだ。
いや。もっと悪い。今では俺を氏島と同類だと思っている。
確かに今夜、彼女にハニー・トラップを告白するつもりだった。
だがそれは、こっちの真剣さをわかってもらった上でのことだ。どんなに愛しく思っているか、どんなに彼女にそそられているか証明したかった。そこに罪悪感が入り込む余地などないことを示したかった。結婚したいくらい本気なのだということを伝えてから、許しを請うつもりだった。
捺希が腹を立てることはわかっていた。裏切られたように感じるだろうと想像できた。
それでも愛されているとわかっていれば、受ける傷はそれだけましになるはずだ。その傷を一緒に癒したかった。
それを、あのくそったれがぶち壊しにした。捺希を侮辱し、逆切れまでした。あの場でぶちのめしてやりたかった。
あいつのせいで捺希は怒りに呑み込まれ、すっかり内にこもってしまった。俺から自由になろうとするあまり、“ケダモノ”と罵られた。
あれは堪えた。傷ついた。
それでも彼女の負った傷に比べたらかわいいものだ。その証拠に、言った本人も苦しそうだった。一瞬だけ見せた涙に生々しい傷口がのぞいていた。
そこに心があるのは間違いない。言葉で言われたことはないが、彼女が傷つくことで愛していることを告白している。
これまでも薄々わかっていた。捺希はいい加減な女じゃない。恋愛に臆病で、勢いに乗じて関係を結ばなかったらあのまま終わっていただろう。
それが今も続き、彼を思いやる態度に愛情が透かし見える。ただ受け入れるだけではなく、相手に尽くそうとする。勘違いとはいえ店から真澄を引き離そうとしたことで、彼女なりに俺を守ろうとしてくれたのだと実感した。
これまで守ることはあっても、守られる立場を味わったことはない。それはうれしくて、くすぐったいものだった。
捺希の誠実さはいたるところに溢れている。仕事に対する姿勢に、辻丸社長に対する態度に。彼女が人を裏切る姿など想像もできない。
彼女なら信用できる。安心して心を預けられる相手だ。
そして彼女にも安心して心を預けてもらえる関係になりたかった。捺希を失いたくない。絶対に。
一馬は彼女の部屋の明かりを目に焼きつけ、その場を離れた。