イブの夜は更けて(R18)
□別離の痕
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気持ちのいい夜だった。暑すぎず寒すぎず。もうすぐジメジメした梅雨がやってくるだろうが、まだしばらくはこの安息を楽しめる。
離婚してから5ヶ月が経った。
部屋は条件のいい物件をみんなが我がことのように探してくれたおかげであっという間に決まり、快適に過ごせている。自分の家があるというのはいいものだ。
捺希は社長を見習って目標を定め、宅地建物取引主任者の勉強を始めていた。
燿子に憧れていた。彼女のようになりたかった。10月に試験があるので、一時も無駄にできない。
それなのに今夜は集中できなかった。
捺希はテーブルの端にある携帯電話にチラリと目をやった。淡いピンクで表面に花の透かし模様の入ったお気に入りの携帯だ。
今日の昼休憩のとき、勇司と捺希の共通の知人から電話があった。内容は『お笑いライブのチケットを買わないか?』というものだったが、話の流れで勇司の話になった。
勇司は再婚していた。この春結婚し、捺希と暮らしたあのマンションにふたりで住んでいるという。
痛みがないわけではない。それよりも怒りが大きかった。
彼はあのとき、すでに彼女とできていたのだ。
私を調査させたのは離婚の理由を探すためで、妻に執着していたわけではない。あの写真が本物だろうが偽物だろうがどうでもよく、彼は妻が不倫していると信じたかったのだ。
それなのに私は涙ぐましい努力を続け、家族との仲はボロボロになった。あれ以来家族からの連絡はなく、自身も帰らずじまいだ。
たぶん両親は今も恥さらしの娘と思い、勇司に申し訳なく思っているのだろう。
とんだ濡れ衣だ。何ひとつ悪いことをしていないのに煮え湯を飲まされ、かたや勇司は新婚ホヤホヤの幸せに酔っている。
怒りと怨みの波に洗われ、勇司のマンションに怒鳴り込みたい衝動に駆られた。思いの激しさに身体が震える。
捺希は目を閉じ、衝動と闘った。
離婚に至るまでがどうであれ、すでにふたりは切れており、そのあと彼が何をしようと私には一切関係ない。
文句があるなら離婚を餌に、裁判やら慰謝料請求やら散々手こずらせればよかったのだ。
全ては手遅れだ。今乗り込んだら嫉妬深い元妻と笑われるか、悪くすれば警察を呼ばれる。
そんなのはごめんだ。
離婚から今日まで人々の手助けがあったとはいえ、楽な道のりではなかった。反省と後悔の谷を渡り、怒りと悔しさの山を越えた。諦めと落胆の川を渡り、ようやくここまで来たのだ。2度と勇司のために犠牲を強いられたくなかった。
捺希は深呼吸し怨みを追いやった。
前を見て。自分に言い聞かせる。今は勉強して宅建の試験に受かること。受かれば宅建手当てがつくし、自信もできる。別れた夫に関ずらって、時間を無駄にするべきじゃない。
捺希はテキストを開き、意識を集中した。