繁殖の巫女(R18)

□繁殖の儀
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 (レン)美濃部(ミノベ)・トレニア。
 それが私のかわいいかわいい息子の名前だ。出産は絞られて押しつぶされて引き裂かれたくらい痛かったが、産まれた息子は舐め回したいくらいかわいかった。
 色合いは紫がかった黒髪に黒い瞳と私に似たが、それ以外は父親に似たようで人形みたいな顔をしている。その子があくびをしたり、私のお乳を飲んだりして生きているのだ。どれだけかわいいかわかってもらえるだろうか。
 あとは父親みたいなナルシストの女たらしにならないように育てあげるのが私の役目。
 ありがたいことに子どもを取りあげられて次の子作りに、なんてことはなく、この神殿で子育てできることになった。子どもの扱いなら姪っ子甥っ子のお陰でばっちり。知識実技とも余りある。
 繁殖の巫女を引退したあとの結婚相手もまだ決めていないし、子育てしながらどう生きていくかのんびり決めたいと思っていた。

 それからの2年はあっという間だった。何しろやることが膨大すぎて、結婚相手を考える暇もないまま過ぎていった。
 子育ての環境づくりに始まり、茜が育児の知識が豊富だと知れ渡るとご近所の――神殿までの街道沿いにはけっこうな数の家が建っている――育児相談まで受けることになった。その流れで子どもを預かるようになり、今では神殿の敷地内に小屋を建て、保育所のようなことをやっている。どこの子もチヤホヤして育てられてきているので、よくわがまま同士がぶつかって大泣きして大騒ぎだ。
 だがそうやって我慢やら人づき合いやら学んでいくのだから、大事な過程だと思う。もちろんうちの子もしかり。人にもまれて、たくましく育ってほしい。
 他にも知育玩具を作らせたり、絵本を作ったりと大忙し。
 先月から絵本とおもちゃの販売が始まり、巫女人気にあやかって売れ行きは上々だった。これなら男なしでも食っていけるんじゃないだろうか。
 そう。もう日本に帰ろうとは考えられなかった。王家が皇子である蓮を渡すことはないだろうし、息子を置いて戻るなんてありえないからだ。

 2歳になった蓮は、私のことを“かあしゃま”と呼び、全信頼を寄せたまなざしでついてくる。そんな子をどうして置き去りにできる?
 子どもはみんなかわいいけれど、我が子は別格だ。母が子どもの1番であるように、私も息子が1番でなければならない。

 もちろん父親のシオン王子や王族は定期的に面会にくるし、周りの大人も手を貸してくれるが、チヤホヤするだけで教え導くには程遠い。
 どうやらこの世界の人たちは子どもを大事にすることと、甘やかすことを混同しているようだ。将来、そんな子たちばかりが支えるトレニア国はどうなることやら。
 だから茜は自分の子から、そして園から変えていこうと奮闘中だった。

 「巫女姫さま。レンさまの乳絶ちの儀の準備をお願いいたします」神官長室から帰ってきたカンナが呼びにきた。

 「りょうか〜い。蓮、行くよ」

 手を差し出すと、元気いっぱいの息子がおもちゃを放り出して駆けてきた。小さな手のぬくもりが手のひらにもぐりこむ。このあたたかさがどうしようもなく幸せだと思う。

 今日で蓮は2歳になる。乳断ちの儀とは文字通り乳離れの意味だ。とっくに乳離れは済んでいるのだが、この国では2歳の誕生日に乳断ちの儀なるものをやるらしい。

 親子で禊を済ませ、久しぶりにローブに袖を通した。なぜ久しぶりかというと、出産後は動きやすい庶民の服というものを着ていたからだ。ムスカリがいなくなってからはいろいろ希望が通りやすくなった。

 繁殖の間には王族を始め、5人の神官長たちがそろっていた。花の香りがする香が焚かれ、いかにも儀式らしい雰囲気だ。さすがに今日は繁殖の褥は閉じられている。

 幼い息子が慣れない雰囲気に緊張してしがみついてきた。
 しかし蓮はいずれ皇子として様々な場所に立っていかなきゃならない立場。

 「蓮が無事に2歳になったことをお祝いして、みんなが神さまにお礼を言ってくれるんだよ。母さまも一緒お礼を言うから、蓮もありがとうしようね」
 目を合わせて言い聞かせれば、彼女にしがみつくのをやめて横に並んだ。

 カナムの祝詞が始まり、一同は褥の上、魔灯が降り注ぐ天空に向けて祈りを捧げた。

 メギ神はこの山全体がご神体となっている。繁殖の巫女はメギ山から産まれ、――祠が産道というわけ――信心深い信徒ほど巫女に影響され熱心に繁殖活動励むわけだ。結果、出産率があがるのは当然。
 繁殖の巫女伝説はそうやってできあがったのだろう。 だからといって彼らの神を冒涜する気は一切なかった。

 最後に聖水の原料となる花を1本づつ捧げ、儀式は終了となった。
 それなのに蓮にだけ迎えが来て、茜は残された。

 「引き続き交接の儀を始めたいと思いますが、巫女姫さま、よろしいでしょうか?」

 「え?えーっ!」
 繁殖の巫女の役目はまだ終わりではなかった。






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 ここまで<繁殖の巫女>を読んでくださってありがとうございました。
 実は<繁殖の巫女>はここで完結にするつもりでした。
 ですが、これではあまりにあっけない幕切れ。しかもメリバです。
 この世知辛い世の中、せめて私の紡ぐ物語の中では幸せであってほしくて、すべてハピエンにしてきました。
 というわけで、茜を幸せにしてあげたいのでもうしばらく続きます。

        2019.7.15 甘宮しずく

 


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