血の記憶(R18)

□悪夢
2ページ/4ページ



    10


 午後遅く、晃聖は最悪の気分で目を覚ました。頭はズキズキ、吐き気までする。ぼんやり目を開けると、見慣れない板目の天井が映った。いつもの寝心地とも違うし、何より女の匂いがする。

 酔ぱらって、女性客のベッドにもぐりこんでしまったか?
頭をもたげて相手を確かめようとしたとたん、鋭い痛みに襲われた。完全な二日酔いだった。
 切れ切れに昨夜の、いや今朝方の記憶が蘇る。
 ここは望月蒼依の部屋だ。

 晃聖はそろそろと起きあがり、部屋を見まわした。

 狭い二間続きの部屋に、彼女の気配はなかった。建物は古く、陰気だ。化粧漆喰の壁に個性をうかがわせるポスター類はなく、彼女のルーツを知るフォトスタンドもない。おかしなことに煙草を吸うくせに、灰皿もなかった。
 わずかな家具は古く、よく見るとシールを剥がした跡や、ナイフで刻んだ蒼の字が読める。キッチンの窓辺に、寄せ植えの植木鉢がぽつんと載っていた。彼女同様、愛想のない部屋だった。

 そろりと立ちあがり、キッチンへ行こうとしてうめいた。ちょっとした刺激が頭に響く。まぶしい光を避けてうつむいたとき、テーブルのメモに気づいた。上に置いたキーが鈍い光を反射している。

 晃聖はメモをつまみあげた。

 《キーはポストにお願いします
              望月》

 そっけない文面に、顔をしかめた。すぐに出て行けと言わんばかりの、まさに彼女らしいメモだ。

 言われなくたって、もう少し人間らしく動けるようになったら出ていくさ。自殺しそうな危ない女など、こっちから願い下げだ。思い出しただけで、ムカムカする。

 そのせいで昨夜は頭に血が昇り、したたか飲んでしまった。その挙げ句、店が終わるなりここへ直行したのだ。しかも、彼女にキスまでした。
 そう。確かにした。途切れ途切れの記憶の中に、蒼依の唇の感覚がくっきり残っている。たぶん無理矢理だ。いつもばい菌みたいに俺を避けているのだから、間違いない。
 二度とごめんだと思っていたくせにキスまでして、いったい何を考えていたんだか?

 晃聖は痛む額をこすった。
 酔っ払いのすることは、いつだってむちゃくちゃだ。理由などありはしない。警察に通報されたって文句は言えないのに、ベッドまで貸してもらうなんて……。どでかい借りを作ってしまった。そんな自分に腹が立つ。

 晃聖は重い足取りで冷蔵庫に歩み寄り、開けた。中はほとんど空だった。

 蒼依の腕の細さを思い出した。
 ちゃんとメシ食ってるのか?
 晃聖は心配を振り払い、ドアポケットからミネラルウォーターを取り出した。
 俺には関係ない。一切関係ない。自分に言い聞かせながら、浴室と思われるドアに向かった。

 シャワーから出たときも、部屋を出ていく考えは変わっていなかった。服を着たときも、ドアの鍵を掛けたときもすぐに帰るつもりでいた。
 しかし、ポストにキーを落とそうという段になって、決心が鈍った。

 冷蔵庫のミネラルウォーター。
 晃聖はキーをポケットに入れた。近くのコンビニに向かいながら、ポケットのキーをもてあそぶ。

 彼女は生活が苦しいのか?部屋が殺風景だったのはそのせいか?かかわり合うまいと思いながら、しきりに彼女のことを考えていた。







 

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ