イブの夜は更けて(R18)

□別離の痕
2ページ/7ページ



    15


 10分だけだ。
 一馬は自分に約束し、捺希を見つめた。

 彼女は髪を切っていた。ウェーブのかかった毛先が、肩で揺れている。明るい感じで、捺希によく似合っていた。
 あれから5ヶ月経っているのだから、失恋のせいじゃない。今どきそういうのは流行らない。
 今年の始め頃は無理して笑っている感が強かったが、今では自然に笑っている。

 一馬はあれから月に1、2度、捺希の様子を見に来ていた。彼女の引っ越しを見届け、困っていないかと見守った。

 捺希は夫には恵まれなかったが、勤め先には恵まれていた。
 女社長が社員を連れて氏島の家に乗り込み、彼女の荷物を一切がっさい持ち出したそうだ。
 捺希の情報が何か聞けないかと、氏島に仕事の確認の電話を入れたところ、不機嫌そうに話してくれた。その場にいたら拍手喝采したところだ。
 そのおかげか、捺希は徐々に明るくなっていった。

 話しかけたりはしない。一馬を見れば、別れた亭主を思い出すからだ。
 せっかく元気になれたのに、また彼女が空っぽの顔で街をさまようのを見たくなかった。

 一馬は看板の横を離れ、駐車場に停めたピックアップトラックに戻った。

 運転席に収まったとき、尻ポケットで携帯電話のバイブが鳴り出した。ディスプレイには千紘の名が表示されている。

 「もしもし」応える声は冷ややかだ。

 「会いたいの」開口一番、千紘が言った。言葉同様、切実な響きだ。

 一馬は苛立ちをため息と一緒に呑み込んだ。
 「クリスマスのときの男はどうした?」
 こういうやり取りが1月から何度となく繰り返されている。いい加減うんざりだ。

 千紘は去年のクリスマス、他の男といた。そのとき一馬も捺希といたわけだが、それとは全く違う意味でだ。
 一馬が年が明けてからもしばらく仕事が忙しいことを伝えると、千紘は腹を立て自分から暴露した。一馬がクリスマスに放っておくからそうなった、というのが彼女の言い分だ。

 彼にはルールがあった。これまで多くの女性とつき合ったが、1度として重複したことはない。基本は1対1。当然、相手にも同じものを求める。
 そして別れの理由はいつも一緒だった。仕事。便利屋の仕事は不規則で、休みが合わないこともしばしばだ。
 一馬は〈よろず屋〉の経営者で、毎回彼女たちに合わせて休んでいたら、仕事は成り立たなかっただろう。

 「あんな人、何でもないの。あれから1度も会ってないし……」
 一馬がやきもちを妬いているとでも思ったのか、安心させようと必死だ。

 無駄な努力だ。俺は嫉妬しているわけではないし、正直、軽蔑しか感じない。

 「じゃあ、もう1度その男に連絡した方がいいぞ。俺たちの仲はきみがそいつと仲良くなったときに終わった。やり直しはきかない」きっぱり言い放った。
まだ見込みがあると思わせては彼女のためにならないからだ。

 「あれは嘘だったの!」千紘が慌てて声を上げた。「あなたにやきもちを妬かせようと思って、嘘をついたの」

 彼女のしつこさに辟易する。前に言ったことが嘘なのか、今言ってることが嘘なのかわかったもんじゃない。
 さらに自分を貶めているのに気づかないのか?

 「無駄だ。浮気していなかったとしても、人を操るために平気で嘘をつくんだろ?どっちにしたって、俺はもうきみを信用できない。終わりだ。もう電話しないでくれ」
 返事も待たず電話を切った。きついようだが、これで彼女は俺に見切りをつけ次の恋を探しに行ける。

 一馬はピックアップトラックを駐車場から出し、〈よろず屋〉に向かった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ