イブの夜は更けて(R18)
□襲撃
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なんて楽しいんだ。
捺希を引っ張り出すためにかこつけた作業日程の調整は早々に終わらせ、一馬は満足して彼女を眺めた。
捺希はうまそうにお好み焼きを頬張っている。
このお好み焼き屋はテーブルが3つしかない小さな店だが、味は確かだった。一馬自身、週に1度は通っている。
「ほんと、おいしいですね」
捺希が気に入ってくれたので、ますます気持ちが弾んだ。
「来て良かったでしょ?」そう言って、ミックスモダンにかぶりつく。
お好み焼きと鉄板の放射熱で汗がにじみ、ビールでも飲みたい気分だ。
「ビールは好き?」捺希に訊いた。
「はい、でも――」
「生ビールひとつ!」構わず頼んだ。
車なので一馬は飲めないが、その分捺希に酔えるのだから不満はない。
汗で昼間のことを思い出し、にやついた。
てっきり嫌がられていると思ったのに、彼女は汗で透けた俺の身体を気にしていた。あの女社長が教えてくれなければ、一生気づかなかったところだ。
捺希に男として意識されてうれしかった。有頂天になり、彼女の前でストリップを始めたいくらいだった。
「何がおかしいんですか?」捺希が彼を現実に引き戻した。
「榊原さんが来てくれたのがうれしくて」にやついた本当の理由は言えない。
「またまたぁ」冗談として軽く受け流された。
捺希はどれだけ俺が本気かまだ気づいていない。
一馬は食事を続けながら、彼女を盗み見た。
捺希はシンプルなタンクトップに、もやのように薄いトップを重ねている。その姿がどれだけ男心をそそるか、全くわかっていないようだ。
薄い生地越しに見える彼女の鎖骨を、飢えたように見つめた。
「ところで」再び捺希が話しかけてきた。「社長にあれこれ聞かれて、気を悪くしませんでした?」
「いや」その証拠の笑顔を見せる。
「社長さんは榊原さんを心配して、あんなに訊いたんだと思うよ」
「そうなんです」
捺希がどれだけ社長が過保護かを話し、一気に場が和んだ。
一馬は〈よろず屋〉に舞い込む変った依頼の話をし、彼女を笑わせた。笑いは人と人を近づける。彼の望む距離まで捺希に近づくには、山ほど笑いが必要だった。
「もう1杯いけそう?」捺希がグラスを空けたので、訊いた。
「いえ、もう十分」
しゃべりはしっかりしているが、耳たぶが赤いので、少し酔っているのかもしれない。おかげで言葉がくだけてきた。
「そろそろ帰らないと」
残念ながら、一馬と夜更かししたいと思うほどには酔っていなかったようだ。
「そうだね。明日は仕事だし」名残惜しかったが、彼女に合わせた。
離婚で臆病になっている彼女に、強引なことはしたくない。怖がられないよう、捺希のペースで確かな関係を築いていきたかった。
先に立ち上がり、試しに手を差し出してみる。
すると一瞬、彼に掴まって、捺希が立ち上がった。
それだけで喜びが弾けた。我ながら重症だと思う。それでも構わない。いつか捺希と手を繋いで歩けるようになりたかった。