イブの夜は更けて(R18)

□襲撃
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 8月も半ばになると、うだる暑さに人も植物も辟易としているようだった。暑さに疲れ、夏の終わりを首を長くして待っている。

 ありがたいことに、気の遠くなりそうな作業工程も今日で最後だ。仕上げに高圧洗浄機で汚れた外壁を洗い流すことになっている。水しぶきが跳ねて汚れるので、着替えを持ってくるように五十嵐に言われていた。

 あれから五十嵐とは友達みたいに気安く話せるようになった。未だに濡れたTシャツにはどぎまぎさせられるが、昼食のときには着替えてくれるし、濃い色のTシャツを着てくれたりして気を使ってくれる。他にも小さなことを数え上げればきりがないくらいよく気のつく男性だった。

 そんな気遣いをされて、彼に好意を持たないはずがなかった。
 いや。好意どころか完全に男性として意識していた。五十嵐の肉体を盗み見て、近づくとドキドキした。彼がさりげなく肩や腕に触れる瞬間を息を詰めて待った。触れ合った場所が熱くなり、脈打つようだった。

 だが、それも今日で最後だ。ふたりで作業するのもお終い。

 終わりにしたくなかった。男性と付き合う心構えはできていないが、これからも彼に会いたい。せめて友達になりたかった。
 だけど、どうすればいいのかわからない。

 『長い間、お疲れさまでした。ところで、来週も会えない?』
 おかしい。これじゃ、新たな依頼みたいだ。
 『お礼に、お食事をご馳走したいんだけど』
 これだ。自然だし、会ったときに次の食事の約束を取り付ければいい。

 捺希は満足顔で五十嵐が作業の準備をするのを見守った。

 今日の五十嵐のTシャツは白だった。背中に〈よろず屋〉の看板を背負っている。それまでにも何度か見かけたTシャツで、白はとりわけよく透けた。

 それだけで期待に胸がときめいた。まるで痴女だ。そんな自分を恥ずかしいと思うが、どうしようもなかった。だから自制心を駆使して、冷静さを装った。
 「家の中を点検してくるから、何かあったら声をかけてね」

 「おー」五十嵐が梯子を下ろしながら、返事らしきものをした。

 家の中は新しい畳の匂いがした。壁はきれいになり、網戸は張り替えた。新築には程遠いが、なかなかのものだ。

 捺希がチェックを終えて外に出ると、五十嵐は梯子に登り雨樋の掃除をしていた。梯子の足元に小枝や枯れ葉が散らばっている。

 捺希はその様子をヒヤヒヤして見守った。
 五十嵐が梯子を移動して次の場所に移ると、捺希は散らかった地面を片付けた。

 「そこのホース、取って」五十嵐が梯子の上から催促する。

 水が勢いよく雨樋を流れ、家の両側からゴミが吐き出されてきた。家の裏手に回って同じことを繰り返し、雨樋の掃除を終えた。

 五十嵐が高圧洗浄機で壁面を洗い始めると、その対比に見とれた。くすんだ灰色が見る見る元の白壁に変わっていく。細かい霧が跳ね返って一見涼し気だが、実は汚れた水なのだから慌てて後ろに下がった。

 「やってみる?」五十嵐が洗浄機を止めて、捺希を振り返った。

 「いいの?」
 うまく扱えるか不安だったが、壁が美しく生まれ変わるあの奇跡を起こしてみたかった。

 五十嵐に操作方法やコツを教わり、汚れた壁に立ち向かう。水の勢いを感じながら清掃を楽しんだ。屋根の裏側付近まで洗い上げたとき、おかしな角度に水があたったせいか派手にしぶきが飛んだ。
 五十嵐とふたりして汚れ水のシャワーを目一杯浴びるはめになったが、ちっとも気にならなかった。それどころか気分爽快で笑いが弾けた。

 低くて心地よい笑いが後ろからも聞こえてくる。どうやら彼も怒ってはいないようだ。

 それからは交代で掃除兼水遊びを楽しみ、終わったときにはずぶ濡れだった。
 爽やかな疲労感と高揚感を土産に五十嵐を振り返ったとき、同じく彼もずぶ濡れなのに気づいた。

 五十嵐も彼女を見ている。

 たちまち笑いはしぼみ、羞恥の色に染まった。

 五十嵐のTシャツは、第2の皮膚のようにたくましい上半身に張り付いていた。

 そして捺希のTシャツも――ネイビーブルーなので、彼のように透けてはいないはずだが――やっぱり出っ張りやくぼみを再現しているだろう。これはもう盗み見るという次元ではない。

 捺希は五十嵐から視線を引っぺがした。心臓が壊れたのではないかと思うくらい高鳴っている。

 五十嵐が何も言わないので、必死で声を振り絞った。「あ、あの……」だけど、何を言っていいのかわからない。とにかく気づまりな雰囲気をなんとかしたかった。
 「お、お湯は出ないんだけど、シャワーを浴びて着替えてきたら?」どうにか妙案をひねり出した。理にかなっているし、このおかしな雰囲気を確実に変えられる。

 「いや、お先にどうぞ」低くて何かが喉に詰まったような声だ。さっきまでの快活さはどこにもない。

 「じゃ、じゃあ……」ぎくしゃく言った。

 とりあえず彼の前から離れられてひと安心だ。着替えを持って家の中に入り、外の様子を窺った。

 五十嵐は片付けを始めている。

 捺希は浴室に入り、湿ったジーンズと格闘してようやく裸になった。
 降り注ぐシャワーにまずは頭を入れ、地肌に染み込んだ汚れと悩ましい光景を洗い流そうとした。水の冷たさに慣れてくると、1歩前に出て全身をシャワーにさらす。

 まだ心臓がドキドキしている。それは体の奥深くまで達し、脈打っていた。脚をギュッとすぼめ、その感覚を追い出そうとした。

 身体の熱を冷まし、何もなかったかのような顔で五十嵐の前に戻らなければならない。
 仰向き顔の火照りを冷ます。次に背中を流そうと向きを変え、そして時間が止まった。

 五十嵐が全裸で立っていた。全身に筋肉をまとい、微動だにせずそびえ立っている。捺希を見るまなざしは重く絡みつくようだ。何を考えているかは言うまでもなく、堂々とこれ見よがしに彼の全身が訴えていた。

 これほど見事な身体を見たことがなかった。
 広い胸はボディビルダーのようなガチムチではないが厚く、割れた腹は見るからに硬そうだ。そしてその下は……。

 腹の奥に震えが走る。空気は湿度以上に濃密で、息苦しいほどだ。

 沈黙の数秒が過ぎた。五十嵐が彼女に拒絶する時間を与えてくれているのだとわかった。ひと言『出ていって』と言えば、黙って出ていくのだろう。

 言いたかった。言うべきだった。そこまでいくにはまだ早く、心の準備もできていない。
 それなのに目をそらすこともできず、待った。

 五十嵐が近づいてきた。ゆっくりと捺希を怖がらせまいとするようにシャワーの輪の中に入ってきた。
大きな手が伸びてきて、筋張った長い指でそっと髪に触れる。ごつい手に似合わぬ繊細さで髪から頬を撫で、首をたどり乳房の横をかすめた。

 そこでようやく自身の裸体を強烈に意識した。
 乳首は触られてもいないのに、敏感に反応し、収まりかけていた熱は沸騰せんばかりだ。心臓が彼に聞こえそうなほど喚き立てていた。

 五十嵐の右手はそのままウエストへ下りていき、もう片方の手が加わった。左手は背中に回り、上へ上へと上がり始める。その間、ずっと目を合わせたままだ。彼の瞳は真剣で張り詰めていた。
 左手が後頭部にたどり着くと、五十嵐の両腕が彼女を引き寄せにかかった。

 燃えあがりそうだと思っていたのに、彼の身体はさらに熱かった。捺希をぴったり抱き寄せ唇を見ている。そしてゆっくりと、焦れったいほどゆっくりと唇を寄せてきた。

 初めての口づけは優しい愛撫だった。臆病な彼女を誘い出す誘惑。
 五十嵐の誘いに乗って、ほんの少しだけ唇を開いた。

 そのとたん、嵐の中に放り出された。五十嵐の舌が容赦なく押し入ってきて、身体に廻された太い両腕に締めあげられた。乳房は彼の胸に押し潰され、シャワーとキスで溺れそうだ。

 五十嵐の唇が顎に移った。彼の息も溺れかけているかのように荒い。

 捺希は恥ずかしさと次々と襲ってくる感覚に翻弄され、厚い肩にしがみつくのがやっとだ。

 五十嵐が耳たぶを吸っている。指が肝心な所には触れず乳首の周りを刺激し続けるので、捺希はたまらず彼の手に乳房を押しつけた。

 五十嵐は彼女の願いを叶えてくれた。さらに大胆になり舌を使った。彼の指が女の入り口を探り始めると、もう恥ずかしさが入り込む余地はなくなった。

 身体の奥がギュッと締まり、期待に震える。彼が入ってきてくれることだけしか考えられない。

 やがて彼女の望み通りに指が1本入ってきた。肉襞をこすりながら小さな蕾をいたぶる。指が2本に増え、グチグチと抜き挿しし始めた。

 そうなると自力で立っていられなくなり、彼の首に腕を廻して掴まった。

 五十嵐が軽々と彼女を抱えあげる。

 反射的に捺希も彼の腰に脚を捲きつけ、身体を支えた。
タイルの壁に押しつけられ、五十嵐が位置と角度を調整するのを待った。

 五十嵐が入ってきた。ジワジワと押し広げられ、捺希の中を埋めていく。

 濡れていたはずなのに、永い禁欲期間のせいか痛みが走った。そして壁に留めつけられ、深々と刺し貫かれた。
捺希は小さな悲鳴をあげ、首を後ろに倒した。

 五十嵐が動きを止めた。片手を上げ、そっと彼女の顔を引き戻す。
 下半身は遠慮なしに捺希の奥まで押し入っているのに、口づけはなだめるように穏やかだ。やわらかく唇をこすりつけついばむ。

 捺希が応えると、彼が動き出した。腰を引きゆっくりと上下させる。太いものがひりつく襞を行き来するたび、身体は張り詰めていく。

 頑丈な腕に支えられ、捺希はいくつもの荒波を越えた。衝撃が身体の中に積みあげられ、高みは目前だ。

 五十嵐が何度目かの深い突きを繰り出したとき、捺希は限界を越えた。彼の腕の中でのけぞり悲鳴をあげる。同じ悲鳴でも今度のは長く高い満足の悲鳴だ。

 五十嵐が彼女の耳元に頭をもたせかけ、動きを速めた。捺希を羽交い締めにし、がさついた声が彼女の声と重なった。







   

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