イブの夜は更けて(R18)

□幸せと破滅の予感
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 幸せとはきっとこういうのを言うのだろう。仕事は順調だし、借家は借り主が決まり、恋人は自分だけを見てくれる。

 捺希は夢見心地で一馬に寄り添った。

 こうして彼のたくましい腕に抱かれていると、心から安心できる。五十嵐一馬の宝物になり、いい女になった気分だ。
 最初に惹かれたのは肉体美だったかもしれないが、ここまで大切にされたら彼を好きにならずにいられない。それも限りなく愛に近い好きだ。
 捺希にとっても彼は大切な宝物だ。一馬と過ごす1分1秒が貴重で新鮮だった。

 枕元の時計は21時を指し、帰ってきてから3時間になる。今日〈よろず屋〉に寄ってから、ずっと気になっていたことが頭をもたげてきた。

 「本当は私がお店に行っちゃいけなかったんじゃないの?」一馬の肩に頭を載せ、囁いた。

 案の定、彼が緊張した。身動きひとつしていないのに、リラックスしていた意識が思考に集中するのがわかった。

 「……どうして、そう思う?」

 「何だか……あなた、変だったもの。困っているというか……。それに私、原村さんに好かれてないみたい」

 「そんなことはないだろう?」意外そうだ。
 肘をついて起き上がり、捺希の顔を覗き込む。
 「確かに俺は少々戸惑っていたが、真澄には捺希を嫌う理由がないだろ?」

 「そうなんだけど……」
 それでも漠然としたその印象を拭いきれなかった。他にも気にかかることがある。例えば、名前。原村は偽名を使った理由に納得のいく説明をしてくれたが、何かが引っかかっている。すぐそこに答えがあるのに届かない。

 「考えすぎだって」
 捺希の髪に指をくぐらせ、丁寧に撫でた。
 「もしかしたら真澄は、俺が羨ましかったのかもしれないな」捺希の横に頭を並べた。

 「まさか!」そんな感じじゃなかった。愛想のいい笑顔の陰に敵意を感じた。

 「真澄の太陽みたいな笑顔を見ただろ?あいつは気に入った女にはあの笑顔を向ける」

 一馬に引き寄せられ、ふたりは向き合った。

 「あの笑顔を向けられた女はみんな目が眩む」一馬がこちらの様子を窺っている。

 「私はそうならなかったでしょ?」

 一馬がにやりと笑った。捺希の上に重なり、ベッドに押しつけた。
 「よそ見したら、俺が目を醒まさせてやる」そう言って、唇を合わせてきた。

 捺希は彼の放つ情熱に、目が眩んだ。






  

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