イブの夜は更けて(R18)
□報い
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「今夜も迎えに行くよ。しばらく休みは取れそうにないから、仕事が終わってからの時間を有効活用しよう」捺希の隣りに立ち、2杯目のコーヒーをすすりながら一馬は提案した。
このところ忙しくて、午前中あるいは午後だけ時間が空くことはあるが、丸々休めたことはなかった。ましてや捺希に合わせて休みを取ることもできない。
「それなら、私にいい考えがあるの」
食器を洗い終え、捺希が彼を見上げた。
まだ化粧をする前で、初々しい顔が痛々しいほどだ。薄く残った目の下の隈に、昨夜の自分を反省した。
「どんな?」
捺希の顔を覗き込み、エプロンを外した拍子に乱れた髪を直してやった。少しでも彼女に触れていたい。
「私があなたの家に泊まるの。そしたら、あなたの足がベッドからはみ出ることもないでしょ?」なんだか得意気だ。
一馬は顔がにやけるのを抑えられなかった。
捺希が家に来てくれる。もちろん彼が望む形には程遠いが、それでも大歓迎だ。
「いいのか?」うれしくてキスしたくなるのを我慢して訊いた。そんなことをしたら仕事どころではなくなる。
「あなたこそ、それで我慢してくれる?」不安そうに訊き返してきた。
「一緒にいてくれるなら何だってOKだ」
捺希が腰に手を回して、抱きついてきた。
一馬はカップをシンクに置き、抱き返した。彼女の匂いを胸いっぱいに吸い込み、幸せを堪能する。
「ありがとう」捺希が一馬の胸につぶやいた。
「さぁ、化粧するんだろ?でないと、夜通し男と寝てた、って、社長に見破られるぞ」顔を覗き込んでからかった。
「もう!誰のせいだと思ってるの?」
照れくさそうに彼の胸をはたき、捺希は化粧に取りかかった。
平和な光景だ。もっと見ていたかった。
だけど、もう時間だ。今日の仕事は朝から入っていて、そろそろ出かけなければ間に合わなくなる。
飲み終わったカップを洗い、水切りカゴに並べた。
「今朝の仕事は早いから、先に行くよ」
捺希が振り返った。淋しそうだ。
「今夜、仕事が終わったら連絡しろよ。迎えに行ってやるからな」慰めたくて言った。
捺希が玄関まで見送りに出てきた。顔はまだ完成していないが、目の下の隈は消えている。
「行ってらっしゃい」
その言葉に胸が熱くなる。
こういう朝に憧れていた。毎朝、彼女に見送られ、彼女のいる家に帰り、彼女を抱いて眠る。そのうち彼女の腹に俺の子が宿り……。
そこまで考えて、一物が目覚めた。彼女なしでは実現しない夢だ。これまで多くの女性と付き合ってきたが、結婚を意識したのは初めてだった。
名残惜し気に彼女を引き寄せ、口づけた。そっと身を寄せてくる柔らかな温もりは喜びであり誘惑だ。
彼の都合を考えない下半身を無視して、身体を離した。
「行ってきます」そうは言ったものの、視線と手は繋いだままだった。
しかし、もう時間がない。玄関のドアを開け、手が離れた。
「連絡、待ってるからな」
捺希がうなずく。
振り返ると、捺希が外まで出てきて見送ってくれていた。今夜会えるのが待ち遠しかった。