イブの夜は更けて(R18)

□イブの夜は更けて
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 原村真澄は真っ直ぐ出勤するつもりだった。いつものようにクラブの仕事をこなし、明日は早めに<よろず屋>に行く。明日の一馬の仕事は昼に2時間空くので、必ず彼は店に戻るはずだ。そしたら軽いジョークで彼を笑わせ、ひと時の安らぎを提供する。あとは時が一馬の傷を癒すのを待てばいい。
 それなのに、真澄は辻丸不動産の前に立っていた。

 今日<よろず屋>に行ったら、一馬は落ち込んでいた。悲愴感を漂わせ、黙々と書類を片づけていた。
 彼は泣き言は言わない。ただ、『昨日、突然、氏島がやって来て、捺希にラブ・トラップがばれた』と告げただけだ。それだけで何があったかわかった。
 榊原捺希は腹を立てたのだろう。一馬を罵倒し、別れを切り出したのだろう。別れたのはいい。だが、一馬を傷つけたのが許せない。

 ラブ・トラップは仕事だった。あのボロ家を彼はせっせと修理し、罪を償ったではないか。それこそ嫉妬するくらい大切にされ、尽くされたではないか。それをあの女……!

 一馬の憔悴し切った顔を見たら、どうしても黙って引っ込んでいられなくなった。彼が知ったら喜ばないだろう。それどころか怒るに違いない。
 それでもひと言、言わずにおれなかった。

 真澄は辻丸不動産のガラス扉を押し開いた。

 「いらっしゃいませ!」元気な声が彼を迎える。活気のあるいい店だ。

 怒っていなかったら、彼らに負けない笑みを返せただろう。
 だが今は生意気な女の鼻っ柱をへし折ることしか考えられない。

 目の前には長いカウンターがオフィスを横切り、その右端で爽やかイケメンが男性客の相手をしている。左側は小部屋になっているようだ。奥にはつい立があり、その向こうは見えない。

 榊原捺希はそのつい立の前に立ち、彼を呆然と見ていた。

 真澄がカウンターに近づくと、ようやく仕事中なのを思い出したようだ。ぎこちないほほ笑みを浮かべた。

 「い、いらっしゃいませ」同じくぎこちない挨拶をする。

 つい立の上から女社長の顔が覗いたが、無視した。

 「お部屋をお探しですか?」捺希がなんとか落ち着きを取り戻そうとしながら、話しかけてきた。

 「僕の言った通りになったでしょ?」会話に関係なく言った。「あなたはいなくなって、僕の勝ち」
 惨めさを引き出すために嘲笑い、彼女が青ざめるのをとっくりと眺める。

 捺希はせっかく取り繕った愛想笑いも引っ込み、フリーズしている。

 多少なりとも彼女が傷ついているのがわかり、少し溜飲が下がった。

 「ちょっと、あんた!」女社長がとがった声をあげ、つい立の向こうから出てきた。

 もう時間切れだ。まだまだ言いたいことはあった。
 だが騒ぎを起こすつもりはないので、捺希をひと睨みして踵を返した。寒風に身をさらしいら立つ感情を冷まそうとするが、役に立たない。

 あんなくず野郎の代わりに一馬と付き合えたのに、どうして文句が言える?無駄に一馬を傷つけて、満足なのか?怒りの種は次々と湧いてくる。

 「待ちなさいよ!」
 駅の券売機のところで腕を掴まれた。

 振り返ると、辻丸不動産の女社長が立っていた。

 目を怒らせ、睨み上げている。年増の割にはきれいな女だった。

 この女のことはよく憶えていた。捺希の身辺調査をした際、何度か見かけた。会社を社員に任せ、午後出勤してくる怠慢社長だ。
 同じ社長でも一馬とは雲泥の差だ。

 「急いでるんで、すみません」きっぱり断り、腕を引っ込めた。

 意外にも彼女はあっさりと手を放したが、諦めたわけではなかった。
 「そっ?じゃあ、あんたが捺っちゃんにしていたことについて、歩きながら話しましょうか?」そう言って、彼が買ったのと同じ額のキップを買った。

 やれやれ。年上の女はだいたいが積極的だ。彼女は捺希の話にかこつけて、誘惑しているのかもしれない。年の割には色気があるし、おしゃれだ。いつも昼出勤だったのは夜遊びの結果だろう。
 店にはこういうタイプの女が大勢やってくる。連れて行けば店を気に入って、大金を落としてくれるかもしれない。

 「それならゆっくり話のできる取って置きの場所に案内しますよ」

 「本当に?」
 不信感全開で胸の下で腕を組んだ。上から下まで彼を眺め、品定めしている。

 
 「本当です、って。僕が勤めているホストクラブで、ぼったくりなしのちゃんとした店ですよ。僕は出勤しなきゃならないし、あなたは僕からじっくり話を聞きたいんでしょう?」

 女社長はしばらく思案顔だったが、ようやく折り合いがついたようだ。
 「いいわよ」なんとなく楽しそうにしている。
 予想した通りの遊び好きだ。

 彼女はベタベタするでもなく、――正直言って助かる――一定の距離を保ってついてきた。入店し若い男たちに迎えられると、気分よさそうに応じキョロキョロと店内を見渡す。

 客が殺到するにはまだ早く、席はがら空きだ。

 数人のホストが真澄と共に彼女につこうとすると、女社長が手を上げて断った。
 「この人と話があるから、ふたりだけにさせてね。あ、飲み物はミネラルウォーターをお願い」愛想のいい笑顔を浮かべ、訊かれる前にスラスラと注文した。
 真澄に口を挟む暇も与えず、スマホを操作しながら口に人差し指を当てる。誰にかけているのか知らないが、店名と場所を告げ、『1時間で戻るから』と約束していた。これまでになく甘い声だった。

 「さあ」彼女が電話を終わらせ、真澄に標準を合わせた。
 なんだかいやな予感がする。

 「どういう理由でうちの捺ちゃんをいじめていたのか、1から10まで全て話してくれる?」女社長が鮫のような笑みを浮かべ、追求を始めた。






 

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