short story
□逆転ポーカーフェイス
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賑やかな昼休み。
基本的にノリのいいやつの多いこのクラスでは常に馬鹿馬鹿しいやり取りが交わされている。
今も一人が提案したゲームの最中……
俺は自分の手元に残った一枚のカードを見て思わず目を伏せた。
「ちょ!一番負けそうにないお前が負けてどうするんだよ!」
俺の後ろから親友の亮太が背中を叩きながらげらげら笑い出した。
その笑い声に腹が立って余計に苦々しい気持ちになった。
「あーもう。俺の負けだ!これでいいんだろ!」
「おっ、圭が逆切れた。まあまあ落ち着けってー」
周りが”圭が負けるとか明日台風なんじゃねー!?”と一層盛り上がる中、亮太がニヤリと音が付きそうなぐらいゆがんだ笑みを浮けべた。
「ハーイ!じゃあ罰ゲームの内容を発表しちゃうよーん!」
こいつの考えた罰ゲームってだけで不安だ。
「圭テンションひっくいー」
「今から自分が罰ゲーム受けるのにノリノリで喜ぶ奴がいたら見てみたいわ」
「えー!俺は自分が罰ゲームでも楽しいよ?」
「……お前な」
俺だって楽しいことは好きだが、こいつの楽しいとはちょっとベクトルが違う。
「それでー!亮太罰ゲームなんだよ!」
ゲームに参加してた奴らが囃し立てる。
「んっふっふー!今回はちょっと圭には楽勝かもだけどー」
「いいからさっさと言えよ」
ニヤニヤしてる亮太の顔が憎たらしい。
「今回の罰ゲームはー…っと、うん今居ないなオッケ」
教室を何かを探すように見渡した後、より一層亮太の表情が楽しそうに歪んだ。
「えーっと圭には”鉄仮面”と期間限定一週間お付き合いしていただきまーす!!もっちろん鉄仮面には罰ゲームだってばれないように告白してお付き合いを始めるところからちゃんとやってもらうからねん☆」
亮太の発言に教室は一瞬凍りつき、そして爆発した。
「亮太天才すぎ!!!」
「いくら圭でもあの鉄仮面は落とせねえだろ!」
「ちょ、俺ら負けなくて良かったな!」
周りの奴らは腹を抱えて笑いながら言いたい放題言った後、声をそろえて『圭!頑張れ!イケメンの意地見せろ』とガッツポーズを俺に向けた。
「……亮太、お前ふざけんのもたいがいにしろよ」
「えー?なんでえー?ふざけてるけどふざけてないよ!?」
「ふざけてねえならこの罰ゲーム却下だろ!」
「…圭ってば一度決まった事を挑戦もせずに諦めちゃうのー?おっとこらしくなーい!」
そう言った亮太に賛同するようにクラス中からブーイングの嵐が起こった。
「皆も今の圭、男らしくないと思うよねー?」
「”思うー!!!!!”」
「って事で!圭ガンバ☆」
楽しそうな満面の笑みも、俺には悪魔にしか見えなかった……
***
「マジありえねー」
昼休みの騒動から数時間たって無情にも放課後。
こんなめんどくさい罰ゲームなんかさっさと終わらすに限る……
教室は昼の騒ぎなどなかったようにいつも通りで1人また1人と生徒が居なくなる中、俺は斜め前に座っている奴を目にやる。
鉄仮面…もとい北川真人。
前髪は鼻の辺りまで伸ばされ、目元は眼鏡と前髪で完全に隠されている。
その上ニコリと笑うことすらない口元も相まってクラスでは影で鉄仮面とあだ名がつけられている。
こうしてよく見てみると割と華奢な感じなのが救いだな……
ったく、何が悲しくて男なんぞ−しかもこんなもっさりした暗そうな男に期間限定とはいえ告白しなきゃならんのか……
頭に亮太が”逃げるの?”ってニヤニヤ笑っている表情が浮かんで思わず机を思い切り叩いた。
「わ…び、びっくりした」
斜め前の北川が身体を大きく震わせて、そう小さく呟いた。
気づけば教室は俺と北川だけになっていて、さっきの呟きの余韻も消え静まり返っている。
「あ、わり…今のは気にすんな」
「う…うん、そういえば大崎君がこんな時間まで教室に残ってるって珍しいね」
「は!?うおっ!もうこんな時間かよ!」
北川の言葉に時計を見れば、30分以上は経過していた。
そういえば、今俺こいつと割と普通に話してるな……
相変わらず表情は見えないけど−−思ったより暗い奴じゃないのかもな。
「じゃあ、僕そろそろ帰るね」
明日の宿題も終わったし。と呟いた北川の腕を思わす掴む。
教室には俺と北川だけ…北川とのやり取りで本来の目的を忘れるところだった。
あぶねー、明日また亮太に茶化される……
「え、っと…大崎君…?」
不思議そうな声を上げた北川。
その声にあわてて掴んだ腕を離した。
「わりっ!思いっきり掴んじまったけど痛くねえか?!」
「う、うん……大丈夫」
いきなりだから吃驚した……と呟く北川を見て”今だ!”と思った。
「本当に悪かった−えっと、その…俺北川に言いたいことがあって思わず引き止めた」
この馬鹿馬鹿しいゲームを早く終わらすために覚悟を決め、表情とムードを作る。
自分で言うのも可笑しいが俺は格好いい方だと思うし、北川程度なんて速攻で落とせる自信はある。
「僕…に?あ、もしかして宿題−」
「違う。そんなことよりもっと大切なことだ……」
そっと北川の頬に手を触れ、よく見えない瞳を見つめて微笑む。
「あ…の…大崎君…?」
小さくそう呟いた頬が少し朱に染まった。
いける!!!
「北川−好きなんだ。俺と付き合ってよ……」
自分でも恥ずかしくなるぐらいのいい声を作って耳元でそう囁くと、北川はぴくんと小さく震えた。
−−これで落ちたな。
そう思ってニヤ付いてしまう口元を隠して北川を見つめる。
表情は見えないが赤く染まった頬に小刻みに震える北川の体が俺に罰ゲームの第一段階成功を告げた。
はずだった。
「−−−−−−っぷ」
目の前の北川が口元を歪めて小さく息を吐き出したと思ったら……
「あはははははははははははっ!!!!!!」
”あーっ、ひっく、はー!!あははお腹いたいっ!”そう引きつった声で腹を抱えて笑いながら北川は、いまいち状況が理解できず呆然としてる俺を見てさらに笑う。
「はーっ……ふぅ…あー落ち着いてきた」
「き、北川?」
突然の爆笑に身を引いていた俺の前に、ずいっと北川が身体を寄せてきた。
「あーもう、寒い!っていうか痛々しいねーっていうか俺一年分笑ったわー!」
北川の変わり様に声も出ず呆然としている俺にまた可笑しそうに笑う。
「ほんと大崎って面白そうとは思ってたけどここまでとはっ…!くくっ!」
「は…?ってか、え?北川…そんな奴だったっけ?」
「そんな奴?大崎の言う俺ってどんな奴?無表情で暗くて鉄仮面ってあだなつけられて−−」
”易々と罰ゲームとも知らずに甘い言葉に騙されてホイホイと大崎の言うこと聞いちゃう様な奴……?”
そう言った北川は口元をこれでもかってぐらい歪めて−笑った。
「悪い…気づいてたのか」
「そりゃねーイキナリ話したこともない大崎がこの俺にあーんな甘い言葉囁くなんてねー」
思い出したら恥ずかしくなって苦々しい表情になる俺に北川がおもちゃを見つけたネコのように笑う。
「ねぇ?罰ゲームってどんな内容だったの?」
「あーっ…すっげぇくだらねー。その、北川に告白して一週間付き合うこと…って」
勝手に罰ゲームの対象にして悪い、気を悪くしたら謝る−−と言うと北川は「悪くした。チョー腹立つ」と無表情に呟いた。
「だよな、わりぃ…いい気しないよな。あいつ等にはばれたって言っとくから−−」
「……別に大崎だけが悪いわけじゃないんだし、そんなに謝らないでよ」
「でも−−」
「じゃあ!じゃあ!悪いって思ってるんなら罰ゲームとしてじゃなくて……」
目の前の北川から眼鏡がはずれ、少し覗く瞳が俺を見据えた。
「罰ゲームとしてじゃなくて……俺と」
”付き合って……”
そう消え入りそうに呟かれた思いもしなかった言葉に思わず一瞬意識がとんだ。
「え、え、え?なんでそうなった!?」
「ちょっと、そんなにうろたえられると傷つくわー」
「スマン……ってそうじゃなくて!」
状況についていけない。整理しよう。
俺→罰ゲームで北川に告白。ばれる。
北川→罰ゲームじゃなくて付き合って!
−どうしてこうなったっ!
「あの…北川、俺お前のこと良く知らないしそれにお前の事罰ゲームに巻き込んで馬鹿にしようとしたんだぞ?それに−−」
「よく知らないなら今から知ってよ!俺は大崎の事ずっと見てたから…分かるよ。負けず嫌いで格好つけなのに、なんだかんだで優しくて……今だって、俺の言葉なんて真に受けなくていいのに」
眼鏡がなくなった分少しわかりやすくなった表情。
真剣な眼差しで俺を見つめる大崎に思わず引き込まれる。
「周りには罰ゲームの振りでもいいよ!……だから」
「ちょっと待て!それはあまりにも北川にひどいだろ。正直色々いきなりすぎて頭いたい……ちょっと落ち着け」
展開についていけなくて項垂れてそばにあった机に腰をかけて一息つく。
俺のため息に北川が小さく”ごめん”と呟いた。
「お前が謝ることじゃねーだろ。落ち着いたか?」
「……うん」
「なんか色々悪かったな−−」
少し落ち込んでいるように見える北川の頭をなでる。前髪が手に引っかかって瞳があらわになる……
「あ……」
「え……?」
初めて見た北川の顔は、想像していたよりずっと……
「わあああ!今見た!?忘れて!?」
イキナリ叫びだしたかと思ったら俺の手を跳ね除けて前髪をあわてて整えて顔を隠す北川。
その慌て方がなんだか可笑しくて、つい笑った。
「お前意外と可愛い顔してんのな…くくっ。そんなにあわてんなよ」
「言うな!コンプレックスなんだよ!クソッ」
「それでそんなに前髪のばしてんのか」
「……俺、モロに母さん似で小さい頃からこの顔苦手なんだよ」
年を取れば渋くなれるって思ったんだけど……と真面目に言う北川。
「年取ればって……俺らまだ高校生だろ。くくっ…北川って面白いな」
「俺も年取ったら大崎みたいな格好いい顔になれるかな?」
ふてくされた表情でそうい言う北川が、なんだか凄く……
「ん?大崎どうした?何か顔赤いよ?」
一度顔を見られた安心感か無防備に俺の顔を覗き込んでくる北川に一層自分の頬が染まるのを感じた。
「何でもない、それよりさっきの罰ゲームのことだけど−−−−−−−」
どうやらこの罰ゲームは、このポーカーフェイスに逆転されてしまったらしい……
【END】
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