小説B

□ゾクゾクするよ。
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別にそんな気なんてなかった。きっと、彼は眉をひそめるんだろう。
目の前で揺れる重苦しい鎖を眺めながら、狛枝が微笑を浮かべる。もし、この鎖を引くのが。彼だったなら、どれだけ素晴らしいか。いや、彼はもう後輩ではないのだろう。もう彼は立派な希望に成長している。でもそれって、
「尚更素晴らしいよ……!ねえ、苗木クン。そう思わない?」
ゾクゾクするよ、どんな時よりずっと。
「……ボクみたいなゴミクズが希望に支配されて、……どうなるんだろ。分からないや」
ああでも苗木クン、キミだけを忘れることはない、きっと。ああ、間違いなくボクはキミを愛しているよ。
言葉を交わせなくても、忘れられていても、抱擁すらかなわなくても、キミがボクを愛していなくとも。キミはボクの希望で、希望はボクの世界だ。
キミに愛されないことすら希望になりうる、ボクを刺すキミの冷ややかな視線を想像するだけで、胸がいっぱいになってたまらなくなるよ。キミの全てが愛おしいと感じる、こんな感じは初めてなんだ。
「……でも、キミがボクを愛することはないんだろうね」
けれどそれすら愛おしい。キミが存在するだけで満足に感じる、とてつもない充足感に満たされる。
大好きだよ苗木クン。キミが大好きなんだ。でもキミと一緒にいられるのは、ボクにとって幸運とかの域を越えた、むしろ希望そのもののような物なんだろうね。ボクは不幸の代償に幸運を手に入れる。とてつもない不幸がボクの身に降りかかれば、もしかしたら手に入れられるかもしれないね。
なら自分を傷付けてみようか。肉を潰し骨を砕き死ぬほどの苦しみを負ってみようか。けれどこの苦行の向こうに幸運が待っていると考えたら……、うん、この痛みさえも愛しく感じてしまうかもしれないな。苗木クンのためなら命だって惜しまないよ、もちろん。
ならどうしたらいいだろう。ボクが苦しんで苦しんだ挙げ句に絶望するようなシチュエーションが思い浮かばないや。はは、さすがボクの脳味噌は愚鈍で役立たずだね。
ああ苗木クン、キミに会いたいよ。どうしたらキミはボクに会いに来てくれるかな。苗木クンがボクなんかのためにわざわざ足を運んで来てくれる訳ないかな。
苗木クンは妹が大好きなんだっけ。彼女の身になにかあったら、きっとすぐここまで飛んでくるんだろう。うん、この子はキミに本当に良く似てるね。でもこの子を傷付けたら、苗木クンはどう思うかな。きっと絶望してしまうに違いない。ボクのことを死ぬほど憎んでしまうかもしれないね。そしたらボクは……きっと絶望するんだろうな。ああ困った。ボクが苗木クンに会うという幸運に恵まれるためには、苗木クンに嫌われるっていう不幸を味わわなければならない。この二者択一はボクにとってとても不利というか、できれば選びたくないんだよね。
やっぱり好きな人が困ったり泣いたりするのは見たくないし……うーん、でも泣いてる苗木クンも素敵かな。でもボクは苗木クンのあの笑顔が好きなんだ。真面目な表情とのギャップも素敵だしね。
「……だからさ、ボクがキミを殺そうとする前に、早く目を覚ましなよ」

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