小説B

□モラトリアムは終わりを告げた
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「……何だ……これ……。……南の……島?」
焼けつく日差し。さざ波の音と白い砂のコントラスト。まさしく、南の島だった。
家の玄関から出ると南の島だった。こんな状況なんて、誰が想像できただろうか。夢を見ているみたいで、でも覚めることは許されない。砂浜に歩み寄る。確かに、波の感触だ。ひんやりと冷たく、手を洗い流していく。その手を口に持っていってみると、塩味が舌を刺激した。間違いなく海水、本当に、海。はっと後ろを振り向く。今まで過ごしていたはずの家は、さっきまで自分がいたはずの家は、忽然とその姿を消していた。家があった場所へと、砂で重くなった足を動かして向かう。その痕跡もなんの跡もなく、そこにはただ砂浜が広がっているだけだった。
「……なんで……」
おかしいことだらけだ。誰もいない、何もない。挙げ句の果てには南の島が目の前に広がっている。家もなくなった。どうすればいいのか。見当もつかなくて、苗木はかぶりを振った。家にいるときはまだ良かった。だが今は、容赦なく日差しが照りつける。湿った砂が足を引っ張る。飲み水もなく、食料も見当たらない。人の気配すら感じない。もう空腹は大分こみ上げてきていて、汗がひとすじこめかみを伝う。苗木は限界に近かった。それでもじっとしているよりはいいと、重い足を引きずるようにして砂浜を進む。また繰り返す、前に進むんだ、と。
「……暑い……」
袖で額の汗を拭う。たまらなくなって、苗木はジャケットを脱いだ。中のパーカーのチャックを下腹部まで下げて、袖をたくし上げる。服の中の湿気は少なからずマシになった。そのまま、変化のない光景を横目にしばらく歩く。今度は露出した部分が日差しでぴりぴり痛んできた。火傷のような、どうしようもないこの痛み。だからといって海水に浸けるのはもっての他だ。文字通り傷口に塩を塗り込むことになるし……。
どのくらい歩いただろうか。自分が引きずった二本の足の跡は、苗木の後ろに延々と伸びている。一体どこまで進めばいいのか、もう分からない。
視界がぼやけてきた。頭がくらくらする。歩くことすらままならなくなって、足がふらついて、苗木はその場でふらふらと足を踏み外した。目の前が暗くなってくる。日向の砂の熱さすら感じないまま、苗木の意識は遠ざかっていった。

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