小説B

□笑顔の裏の両価
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「さて……。どうしよっか?」
腕を組んで、狛枝はどこか楽しげな目線を苗木に向けた。
ベッドに腰かけたまま、苗木もまた考え込む。知りたいことなんて山ほどあった、むしろ分かることのほうが稀有なのだし。
「うーん……。あ、この島について教えてほしいな!」
「そうだね。この島はジャバウォック島。あの有名な観光スポットの……いや、『だった』と言うべきかな?」
「『だった』……?それって……!」
「そう、人がいないんだよ……。動物もいない。牧場を除いてはね」
「本当に、二人だけなんだね……。でも不思議だな……。だって、狛枝クンは言ってたよね?食料はレストランにあるって」
「食料……っていうか、料理が用意されてるよ。作られた料理が毎日用意されてる。他にもスーパーマーケットがあってね……まあ生活には困らないよ」
「そんな……誰が……!?」
「……誰だろうね。ボクも結構この島にいたけど、人には会わなかった……今まで一人もね。もしかしたら隠れてるのかも……よっぽど上手くね」
ため息とともに吐き出された狛枝の言葉に呆然とした。頭のなかが真っ白になって、何も考えられなくなるような。
狛枝を一人残して隠れている?
何の為に。孤独ほど自分を殺すものはないのに。ご丁寧に食料まで用意して、観光地から人っ子一人残さずに狛枝だけを放置して。誰が?どうして?
足に力が入らない。狛枝が名前を呼ぶのが聞こえた。肩を支えられる。
「……苗木クン」
ささやくようでいて重苦しく響く。肺から空気を絞り出したような狛枝の声が。彼の眉は悲しげにひそめられ、肩をつかむ手が少し強くなった。
「訳も分からずこんなところに連れて来られて……混乱しているだろうね……やっぱりキミはここに来ちゃいけなかった、なにより……来てほしくなかった……!」
「狛枝クン……?」
「ああ……やっぱり許せないよ……でもきっと……こうしてあいつを憎むことすらできなくなるのか……」
もう狛枝は自分を見ていない。まるで彼にしか見えないなにかが足元にあるみたいに。
許せない、誰が?来てほしくなかった?だって初対面なんじゃ。
「許せない……許せない許せない許せない…………ッ!あはは、でも安心していいよ苗木クン……!キミだけは絶対……絶対にボクが……」
息がつまったみたいに、狛枝の声は急に途切れた。急になにかが喉につっかえたみたいに。
「……苗木……クン……」
「……狛枝クン……?」
怯えている?狛枝は、怯えているのか。そう見える。誰に、苗木に、狛枝に。それとも他の?
「……ごめん。取り乱しちゃったね。……実はさ」
そこで狛枝は、ゆっくりとまばたきをする。
「……前にもあったんだよね。大切な人が……いなくなっちゃったことが」
「……え?」
「……ボクのせいなんだけどね」
嘲るような笑い声。なんでそんな風に笑えるのか分からない。自分の事なんかどうでもいいみたいに、なんで笑えるのか、分からない。
「……自分たちにも責任がある……か。まったくその通りだね。
……そして……だからこそキミには来てほしくなかった……」
なぜだか狛枝を見ていられなくなって、苗木はなぜだか目を逸らしていた。彼には何があったのか、彼は何を抱えて生きているのか。
ボクには分からない。たった今会ったばかりのボクには。
なにもかも分かってあげられない。
「……ゴメンゴメン、暗い話にさせちゃったね。まあ気にしないでよ、もう終わったことなんだからさ」
「そんな……っ!」
「それに」狛枝は付け足す。
「今はキミの事が最優先だよ。なんとしてもボクが……キミを外に出してみせるから」
俯かずにはいられなかった。
狛枝の口調には、非難の色も侮蔑の色も含まれてはいない。なのに自分は一体何ができたのだろう。なにも出来ずにうろたえて、狛枝に助けられてばかりいる。それなのに狛枝がこんなに真摯に向き合ってくれるのが申し訳なくて、狛枝の表情を窺うのがやっとだった。
これでいいのか。……いや、そんな訳がないだろう。
苗木は歯を噛み締めて、狛枝に勢いよく向き直った。
ボクの取り柄は……少し人より前向きなところなんだ。
「……ありがとう、狛枝クン。でもボクは……。ボクは、キミと一緒にここから出たい。助けてもらってばかりいるのにこんなことを言うのは筋違いかもしれないけど……ボクは、誰も犠牲にしたくない。誰も踏み台にしたくない」
「だから」苗木が言葉を付け足す前に、狛枝が頷いた。
「分かってるよ。ボクも……精一杯頑張らないとね、苗木クン」
ありがとう。そう言いながら狛枝を見据えて、その笑顔と彼の手袋がやけに目についた。
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