小説B

□石になって風化するだけ
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ボクの背を追う苗木クンを横目で見て、つい笑みを浮かべていた。
仕方ないよね。
もう二度と会えないとすら思っていた彼と、苗木クンと、こうして過ごせる日が来るなんて。
思ってもみなかった。
……たとえ彼が、ボクのことを忘れているとしても。
……苗木クンは、あの数字を知ったのは夢のせいだって言ってたっけ。偶然とは思えない。それに家から人がいなくなっていたっていうのも。
なんでわざわざ、苗木クンの家を残すなんて事をしたんだろう。
目が覚めたら南の島だった。
家には誰もいない、玄関の外は南の島だった。
どちらが絶望的だろうか。
……後者かな。
だったらそうするに決まってる。より絶望的なほうを、絶望を、絶望を。
行動原理が分かりきっていれば、多少は、理解ができる。
考え込んでいるうちに、いつの間にか目的地に着いたみたいだった。
「……ここ……は?」
「……遺跡だよ。あまり役には立たないけどね」
やっぱりここは、何度見ても希望ヶ峰学園を彷彿とさせる。ゆっくりと、扉に近付く。苗木クンはそれを、指でなぞっているようだった。まるで意識がここにはないみたいな遠い目。それなのにどこかその目は澄んでいて、表現するなら……吸い込まれそうな。
『未来』。ボク達が敵だと信じて疑わなかった、未来機関。
あの頃を思い出すと、すべてが懐かしい。
「苗木クン、こっちを見てみなよ」
このパネル。きっと聡明な苗木クンなら、これだけで気が付くと疑わない。
……案の定。
「これは……」
「そう。もう分かるでしょ?そこにどんな数字が入るのか」
11037。苗木クンの口から溢れた数字が、微かに耳朶を打つ。
少し不思議な感じがするよね。かつては苗木クンから教えてもらったこの数字を、今度はボクが彼に教えることになるなんてさ。
でも少し嫉妬しちゃうな。そんな数字が、ずっと苗木クンの心に留まっているなんて。最も今の苗木クンにとっては、その数字は……ただの数字でしかないんだろうけど。
扉の向こうには槍が見える。
グングニルの槍。
痛みはしないけれど、かつて貫かれた腹部を押さえる。もうあの切っ先を、誰かの血で染めるなんてことは。
「……狛枝クン……」
苗木クンの不安げな声がボクを呼ぶ。
「大丈夫だよ。何も出ないって」
わざとらしく明るく言っても、苗木クンの恐怖は収まらないみたいだ。
ボクごときの言葉が誰かを元気づけられるなんて、そんなおこがましいことは思っていないけれど。
『ねえ、狛枝クンは心当たりはない?『11037』って数字を知ってるよね……!?』
レストランでの苗木クンの言葉が、ふと反芻した。
なぜ彼はそう思ったのだろう。
誰もいない家。
玄関のパネル。
夢で見た。
11037。
ボクがそんなようなことを口走った?
……それは違う。
苗木クンは夢で見た、聞いたから知った。彼はそう言った直後にはっとして……。
『ねえ、狛枝クンは心当たりはない?『11037』って数字を知ってるよね……!?』
たどたどしく語っていたのが、急に確信したような……、そんな口調。
なら『夢』が関係している?
夢とボク、これを結びつける物は。
それを苗木クンに伝えていたのがボク……とか。
あり得なくはない。あいつは……そういう感情すら利用する。
それが一番人を傷つけると知っているから。
別にこの推理が正解でなくとも、きっと、ボクと『11037』を結びつけるなにかを用意した、ということを分かっていればいい。あいつが。あいつが。
……よし。
「……さ、苗木クン。次に見せたい場所があるんだ。もうここは大丈夫?」
「……うん。大丈夫だよ」
頷いた苗木クンに笑いかけて、ボク達は遺跡を後にする。
次行くのは、ネズミー城。
苗木クンが残した『未来』への手がかり……それを見せれば、苗木クンも納得してくれるはずだ。
……彼が用意した物のはずなのに。
キミはそうやって何もかも忘れているんだね。ボクのことも。あいつのことも。
……苗木クンを憎むなんてことはしないよ。むしろ彼は、……。
ただ少し悲しいだけだ。まるで心が抉られているような感じがするだけだ。憎しみが募るだけだ。
あいつが。あいつが。あいつが。あいつが。あいつが。あいつが。あいつが。あいつが。あいつが。あいつが。あいつが。あいつが。あいつが。
許さない。許さない。許せない。
絶対に、殺してしまいたいくらいに。
そして苗木は見た。そして安堵した。
いつもと変わらない狛枝の笑顔に。その表情に。
そして狛枝は聞いた。そしてはっとした。
いつもと変わらない苗木の声に。その言葉
に。
「……ねえ、狛枝クン」

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