小説B

□迫り来る嫌悪に崇拝を
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「……そこに、誰か……いるの?」
『……僕だよ……苗木君』
「……不二咲さん……だよね?」
『うん……えへへ、ひさしぶりだね』
「あれ……ここは……?」
『バグの中だよ。……データが書き換えられてるんだ。その隙を利用して、僕が作った空間の中にいるんだ。さっきまで苗木君は僕達のことも何一つ忘れさせられてたんだよ。何でか分からないけど、今は……それが少しずつ解除されかけてるみたいなんだ』
「じゃあ……あの時は思い出せなかったけど……やっぱり、舞園さんと桑田クンだったんだ……」
『でも、思い出せてよかったよぉ。まだ全部は取り戻せてないみたいけど……。こうして苗木君とまたお話できるなんて……嬉しいなあ』
「そうだね……。ボクも、みんなとまた話せるなんて……思ってもみなかったよ」
『……ねえ……苗木君。もう知ってると思うけど……実は僕、男なんだ』
「……うん、知ってるよ。でも……言ってくれて、ありがとう」
『ううん……やっぱり、どうしても自分の口から言いたかったんだ。僕は弱かったから……あの時は言えなくて……。でも、やっとすっきりした!僕は……ただの残留データに過ぎないからさ。どうしても言っておきたかったんだ』
「……残留……データ?」
『苗木君の心の中の思いとか、記憶とかのかけら……それがデータ化したものなんだよ。ある程度の記憶は消せても、そういうかけらとか……思いとかは消せなかった。だから僕たちみたいなかけらが……こうやって残ったんだ』
「……そう……だったんだ……」
『……でも、ただのデータとは思えないんだ。だって……、……ううん、やっぱり……なんでもない』
「……でも、今こうして話している不二咲さんがデータなんて……なんだか信じられないな」
『……やっぱり、そう思う……?』
「あ、ち、違うよ!そういう事じゃなくて……!」
『あ、うん、わかってるよ!ごめんねえ、勘違いさせちゃって……』
「ううん、ボクこそ……」
『……えへへっ、なんか……謝りあってて変な感じだねえ』
「ははっ、そうだね。前は……あんまり不二咲さんとは話せなかったからさ」
『……あのね、苗木君……ひとつお願いがあるんだけど……いい?』
「うん。ボクにできることなら……なんでも」
『えっとね……もし、そんな機会があったら、なんだけど……、大和田君に……伝えて欲しいんだ』
「大和田クンに?なんて?」
『僕はもう、気にしてないって。大和田君のことを何も知らなかったのに、あんな事を言ってごめんなさい……って』
「分かった。絶対、伝えるよ」
『あ、あと……ありがとう、って』
「うん……分かった。絶対に伝えるよ。不二咲さんは……強いね」
『強い?僕が……?本当に?』
「うん。自分が"弱い"って思ってるところを乗り越えようとするところとか……ちゃんと乗り越えたところとか」
『それは……きっと僕だけじゃなくて……みんながいたからだよ。一人だったらたぶん……僕は変われなかったから……』
「そういうふうに言えるのも……不二咲さんの強さだよ」
『そっか……ありがとう。すごく……嬉しいよ』
「ボクは……思った事を言っただけだから」
『苗木君……あのね、目を逸らさないで。何があっても……』
「不二咲さん……?」
『これから……苗木君には辛いことがたくさんあるかもしれない。でも……自分すら信じられなくなった時……今まで会った僕たちのことを思い出して。それだけは……偽りじゃないから……』
「……分かった。しっかりと、覚えておくよ」
『よかった!これでもう……言いたいことは全部言えちゃった。だから……そろそろお別れ、かなぁ』
「そっか……ありがとう、不二咲さん。ボクは絶対に……忘れない。……ありがとう」
『ううん、僕こそ……ありがとう』
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