小説B

□一方通行
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「苗木くん、見ちゃ駄目よ!目を逸らしなさい!」
スーツの襟を掴まれ、半ば強引に苗木は横を向かされた。抗う気さえ起きない。なのに、それでもなお目を奪われている。周囲が、滅多に聞かない霧切の怒鳴り声にざわめいていた。
見たくない。
そう思っているのに、なぜだか目を逸らせない。
だって、あれは。
狛枝クンが、狛枝クンが、
「死んだ……?」
狛枝クンが、死んだ?
苗木はただ茫然と目を見開いていた。足元から崩れていくような感覚に動けない。
「狛枝クンが……死んだ……?」
唇が震える。
十神が声を荒げているのを遠くで聞いた。
「まだ侵入できないのか!」
「無理です!ウイルスによりロックされています!操作不能!干渉不能!完全に乗っ取られています!」
キーボードを叩いている部下も、負けじと声を張り上げた。十神は舌打ちをして顔を背ける。
感情の波が押し寄せてくる。狛枝クンが、死んだ?
嘘だ、震える声でやっとそう漏らした。
「狛枝クンが、死んだ……?」
視界が揺れる。
霧切に肩を揺すられているらしかった。苗木くん、そう名前を呼ばれている。自分に焦点が合ったのを確認すると、霧切は静かに苗木に呼び掛けた。
「苗木くん、落ち着いて。まだ終わった訳じゃないわ。諦めちゃ駄目」
声の調子から、霧切も大分焦燥しているのが分かる。
「じゃあ……じゃあボクはどうしたらいい?何ができる?……何も出来ない。ボクにはどうすることも出来ないよね……?」
考え込むように眉を寄せてから、霧切は俯いた。
足に力が入らなくて、苗木は床に座り込んでいた。
「それでも!ただ何もしないよりはマシでしょう!」
霧切の叫び声。苗木はそれをぼんやりと見上げて聞いていた。
目の前に十神がかがみこむ。視線を合わせるようにして、苗木の目を覗きこんだ。
「……苗木」
「……十神クン……ボクは……どうしたらいいの……?」
肩を強く掴まれる。十神はただ首を左右に振った。
「嘘……嘘だよね……?嘘だよね!?ねえ!嘘だよね!?言ってよ……嘘って……言ってよ……!
ねえ!十神クン!」
苗木はすがりつくように、十神のワイシャツを握りしめていた。それでも十神は何も言わない。いっそ痛々しいほどの沈黙が、それが変えようのない事実だと認識させる。
「……殺してやる」
「苗木……!?」
「苗木くん……!」
二人は口々に苗木の名を呼んでいた。引き留めるように。
「ボクが……江ノ島を殺してやる」
「駄目よ苗木くん!それがあいつの思惑なのよ……!」
「あいつが狛枝クンを殺したみたいに、ボクがあいつを殺してやる」
「やめろ苗木……!」
「殺してやる」
憎悪が沸き上がる。
もう何も聞こえない。
絶対に許さない。あいつは絶対に、ボクが殺してやる。

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