小説B

□歪んだモノサシで測れると思うの?
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「……あのさあ、そんなことして、何か意味あるの?」
召使いは問いかける。笑みを浮かべている口元とは裏腹に、その目は心底どうでも良さげだ。その目線は新月に注がれた後、部屋を往復して、最後にはまた新月に落ち着いた。
「……うるさい。お前は黙ってろ」
振り返りもせずに新月は答える。右手は絶えず動いている。問題集を見つめたままにノートに鉛筆を走らせ、一心不乱と言っていいほどにひたすら問題を解いていた。
子どもらしい娯楽も、遊具も、おもちゃも、ボールも何一つない。
そびえたつ本棚に囲まれた部屋。そのびっしりと詰まった本ですらも、全部参考書だとか、堅苦しい小説だとか。
……本当にコドモらしくない。
内心そう呟いて笑みを噛み殺す。
そもそもオトナとかコドモとか、彼には大した問題ではなかった。
「……だってさ、もう勉強したって誰も褒めてくれないよ?勉強を強要するオトナたちは、全員キミらが殺しちゃったじゃん。
……誰もキミには、勉強なんて期待してないんだよ?」
いや、オトナの言う通りに、親にただ従順にしていたあたりはコドモらしいのかもしれない。
親に逆らえるなんて考えが浮かばない。だから言う通りに、言う通りに言う通りに言う通りにずっと。
そうし続けた結果があれなんだとしたら。
期待。
本当はやめたかったくせに。
「う……うるさいっ!いいから黙ってろよ!」
親を嫌っていいなんて知らなかったから。大概のコドモは、何をされても親を嫌うことはできない。
でもそんなの言い訳にしか過ぎない。
「……あ、でもボクはキミに期待しているよ。だってキミは……ボクのご主人様だもんね?
下々の者は、いつだって期待するものだよ……上の立場の人にさ」
本当にツマラナイ。希望とか絶望とかに絡んでいなければ、こんな退屈な毎日を過ごす事もなかっただろうに。
コドモたちの暇潰しみたいな絶望に付き合う毎日。
……本番はまだまだ先みたいだ。
彼の妹が、どれだけ輝いてくれるのか。それが本当に、楽しみで楽しみで仕方がない。きっと、素晴らしい希望を放ってくれるはずだ。圧倒的な絶望を目にして、それでもなお諦めずに立ち向かうからこそ生まれるあの輝き。
だからこそ彼は……苗木クンは『超高校級の希望』なんかになれたのだろう。
「ねえ……これでもボクはキミに期待しているんだよ。僭越なのは承知の上さ。……でもさ、ボクはキミに……期待しているんだ。とても、とてもね」
本当にツマラナイ。
その歪んだ眉も、涙がこぼれそうな瞳も、睨むような眼差しも全部。
どうせだったら、もっと絶望的な顔を見せてよ。
「うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
……黙れって……言ってるだろ!?僕に期待なんてするな!オトナはもういないんだ!僕に期待するヤツなんてもう一人もいない……!僕たちが全員狩ったんだからな!」
たちまち部屋は、新月の叫び声でいっぱいになった。それもすぐに、響いては消える。
「……本当に、それでいいの?」
そこに召使いが口を開く。静寂の中で、彼の声はよく通った。消して声を荒げた訳ではないのに、確かに新月を威圧した。
「……あはは、そっか。キミは……期待されたくないんだったね。じゃあもうなにも期待なんてしないことにするよ……新月渚クン」
そうして召使いは去ろうとする。本当に、新月に興味なんて一片もないみたいに。
「待ってよ」背後から弱々しく声がした。
「嫌だ……期待されないのは嫌だッ!置いていかれるのも見捨てられるのも……嫌だ嫌だ嫌だ……僕に期待してよ……僕に興味を無くさないでよ……頑張るからさあ……期待してよ……僕に期待してくれよおっ!」
服の裾を捕まれる。泣きじゃくって追い縋る新月の姿は、今だけとても、コドモらしく見えた。
ああ……楽しみだなあ。
早く希望が輝く日がくるといい。早く絶望に打ち勝つ日がくるといい。
なによりそれに、期待している。
新月と目線を合わせるようにかがみこみながら、召使いはひたすらに期待していた。
苗木こまるに……苗木誠の妹に。

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