小説B

□オートフォーカス故障中
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彼の無造作に伸びた黒髪は、まるで蠢いているみたいに見える。それとは反対に、彼の目はどこまでも静寂に凪いでいて、見つめていると頭がおかしくなりそうだ。
「……何の用ですか」
崖のように切り立った岩場から降る、淡々とした声。身を引きそうになるのに、辛うじて絶えた。
「……キミを保護するよ」
「やはりですか。あなたがそう言うことは予想の範囲内です。……予測、と言った方が正しいですか」
「……ボクにはキミが分からないよ」
「あなた如きが僕を理解できるなんてあり得ない……予想通り過ぎてツマラナイ」
カムクライズル。話は聞いていたけれど、やっぱり一筋縄ではいかない。気をつけて、そう霧切に念を押されたのを思い出す。
「……日向クン」
前髪が、彼の目元に影を落とした。その中で、赤い瞳がぎらついたような。
「不愉快です」
「……日向創クン」
小さな違和感が心をくすぐった。形容するなら、幾分かムキになっているような。そんな気がする。
日向創が嫌いなのか。やはり、それは以前の彼のコンプレックスが残っているから?
だとしたら、日向創の片鱗が残っているのなら。まだ、可能性がある。
「……僕はもうあれとは違います」
「……キミはカムクラじゃない」
「……僕は何者でもありませんよ」
「それは違うよ」
「またそれですか。保護するならさっさと保護したらどうです?こんな下らない雑談にかまけている暇は無いはずですが」
「……何が目的なの?」
「……さあ。ただ運悪くあなたたちに捕まってしまっただけ……ですけど」
「……幸運を持ってる……のに?」
「お喋りが過ぎたようですね。そんなツマラナイ才能……当てにならないということでしょう、幸運さん」
あからさまな挑発だ。あえて、気にも留めないふりをする。
「……キミがのうのうと捕まる訳ない……分かってるんだ」
彼は意に介さない。
「……僕たちを絶望から救い出さなくていいんですか?あなたの目的はそれなはずです。ならさっさとすべきでしょう。目的なんて……そんなツマラナイ物僕にはありません」
「……拘束したほうがいいかな」
会話を打ち切るためだった。動揺すれば、相手のペースに持ち込まれるから。彼は軽く肩をすくめる。
「……抵抗なんてしません。大人しくしますよ」
終始カムクラは動かない。立てた片膝に肘を預け、そしてずっと苗木を見つめる。
「……例の彼は保護できましたか?」
その時だけ、彼がにやりと笑った……ような、気がした。
「……まさか……!」
「愚問でしたか」
笑ってなどいない。
やはり彼は相変わらずの無表情だ。
「……狛枝凪斗……でしたか。あなたと同じ幸運枠……。やはりツマラナそうです」
「キミが情報をよこしたんだね……?彼があの場所にいるって」
「……さあ?どうだったか……そんなツマラナイことなんて覚えていません」
彼は眉ひとつ動かさない。瞬きしているかさえ、怪しい。
その中で、ぎらつく赤い目だけが、彼が生きているのだとやっと認識させる。
「……どうでもいいことです……全てがどうでもいいこと……。その中で僅かな期待を僕に……いや、蛇足ですね」
「……分かったよ……。……もう行こう」
やっぱりどこか、微笑んだ気がする。
実際に彼の口角はびくともしていないのに、歪んだ笑みを浮かべたような気が。カムクラは片方の腕を支点にして、座っている岩の上から地面へと降りた。彼の長髪の毛先が、ふわりと後から追い付く。
「……さて、少しは面白くなるんでしょうか」
彼の背中の向こうから、平坦な声がした。カムクラはさっきまで自分が座っていた岩を見る。その横顔からは、やっぱり何の表情も読み取ることはできなかった。

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