小説B

□どうでもいいよ
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言子は廊下を歩いていた。
自分好みにしつらえたキャワイイ廊下の壁を、指先で触れながら弾むように歩く。
カツカツと足音が響いている。
順調だ。すべて思い通り。
狩りだってうまくいってるし、一目惚れしたキャワイイお姉さんも捕まえた。
ただ最近は、あまり面白くない。
単に刺激がない、というのもあるけれど、気に入らない、というのもある。順調なはずなのに、なにかが心にひっかかる。
「きゃはー、魚の小骨みたいでーす」
それでも楽しそうに、言子は言う。何も気にしていないというふうに。鼻歌さえ歌い出しそうな上機嫌に見えるのに、言子は内心顔をしかめていた。
よく分からない。分からないけれど、なにかもやもやする。本当によく、分からない。
「ま、コドモですからね。こんな事だってあるはずです」
コドモだから。
この一言ですべて片付いてしまう。
悪いのはオトナだから。
それが正しいのだ。
コドモだから大丈夫。
コドモなんだから駄目よ。
コドモだからいい。
コドモがいい。
言子はふと足を止めた。
「……本っ当に、気持ち悪いですね」
自らを抱くように自分の二の腕を掴む。奥歯がぎりりと鳴った。手に力がこもる。
……何がオトナだ、この怪物。
皺の寄った袖を見て、はっとする。
口角を持ち上げた。
「いけませんね、私ったら」
カツカツカツカツと、ヒールを床に叩きつけるように足を運んだ。未だ廊下は終わらない。一人でいると、ついどうでもいいことで頭を回してしまう。
『言子ちゃんはー、モナカの大切なオトモダチなのじゃー!』
思わず口の端を歪めた。にっこりと愛想良くそう言った彼女。
あの時は救われたようなそんな気持ちに、なのに今は。どこか、うすっぺらく感じる。
廊下はまだ続く。
反響する靴音が耳に心地いい。やっぱりリノリウムはステキですと漏らして、また脳に浮かんできた余計なことを振り払った。
緩やかに廊下が直線から逸れていく。
言子はカツカツと足音をたてて歩く。
進むたびにその曲がりは大きくなる。
弧を描く廊下、円の一部を切り取ったみたいなそれ。進んでいると不思議な感じがする、進んでも進んでも終わらないみたいな。やけに、長く感じる。
進むにつれて、前方の壁が姿を現していく。それに伴って、後方の壁は消えていく。その見えたばかりの壁に、彼は寄りかかっていた。
「……あら、新月くん」
新月はこちらを一瞥すると、唐突にその言葉を投げてきた。
「……どう思う?」
「……何がです?」
「……ゲームだよ」
ああ、と理解した。他の二人は妄信的にゲームに入れ込んでいるから。それに。
「モナカちゃんは」
頭の中の像と聞こえてきた名前が一致して、言子はつい目を見張った。
新月にはそれが分からない。言子の表情は、まったく変化していないように見えた。
「……あのゲームを楽しんでるみたいだけどさ。……僕たちのゴールは、楽園設立なんだよな?……ゲームは、その余興なんだよな……?」
「……そうは見えませんね。まるでゲームのほうが大切みたいです」
新月の表情を窺いながら、そう言ってみる。たちまち彼の表情がこわばった。
「……冗談ですよ。そんな訳ないじゃないですかー、エイプリルフールに嘘をつかないくらいあり得ません!」
言子はそう言ってうふふと笑ってみせる。新月は未だ釈然としない様子で、それでも胸をほっと撫で下ろすような、安堵の表情を見せた。
「そ、そうだよな……そんな訳……ないよな……モナカちゃんが間違う訳……ないもんな」
またですか。笑顔を崩さないまま言子は呆れていた。それでも、同意せざるを得ない。
「そうですよ、モナカちゃんが間違う訳ないですよ」
繰り返し同じことを言い合う様子は、まるで洗脳みたいだ。そんな疑問を浮かべる自分を嫌悪してしまうのも、そうだ。
今感じた。心の奥底で息を潜める恐怖が呼び起こされた。
確かに、私はモナカちゃんが怖いのだ。友だちという言葉の陰で、手のひらの上で転がされていそうで。

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