小説B

□瞬間、撃ち抜いて。
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気が付くとボクは、倉庫のドアノブに手をかけていた。
「ネズミー城に行きなよ。そこにぴったりの凶器があるからさ!」
遠くからぼんやりと、モノクマの声が聞こえる。
ネズミー城に行かなきゃ。
なぜだかそう思い込んでいた。モノクマの暗示が上手いのかもしれないし、自分を殺す凶器が、あれしか想像できないのかもしれない。
扉を開けて、薄暗かった倉庫に光が差した。一歩踏み出す。力が入らなくて、足元がおぼつかない。膝ががくりと曲がって、崩れ落ちそうになった。反射的に力を入れて、かろうじて耐える。
「苗木クン……」
うわごとのようにただ呟く。
「苗木クン……」
そうだ、そうだ。自分の声を聞いて彼の顔が浮かんだ。
「苗木クン……を」
彼を絶望なんかさせない。
「助けなきゃ」
彼を絶望なんかさせてはいけない。
意識がはっきりして、急に力が入るのを感じる。ぐいっと体を引っ張るようにして、大きく足を前に運んだ。鎖が弧を描いて、じゃらじゃらと擦れ揺れた。
そうだ、ボクは彼を助けなければならない。
そのために死ぬんだ。
必死に走る。一刻も早く、ボクは死ななければいけないから。彼を助けなければいけないから。命を賭して彼を助けなければいけないから。
彼のためじゃない、ボクのために。
ボクは彼を助けなければいけないから。
しなければいけない、そうなにかに命じられている。それは心の核心から沸き上がる感情、欲望、決意。それが叫ぶままに体を突き動かす。
前なんてもう見ていなかった。網膜に焼き付いた苗木クンの姿を、ボクは必死に追っていた。
あの笑顔も。あの照れたようなはにかみも。ちょっと拗ねたような顔も。
苗木クン全部を守りたい、守らなければいけない。
もう絶望なんかさせてはいけない。
橋を渡ると、木の鳴る音がうるさく響く。空を切って走り、風が絶えず頬を掠めた。
ボクは無我夢中で走って、ほとんどなにも覚えていない。けれど気が付いた時には、目の前にやたらとメルヘンな城がそびえたっていて、少しの安堵と緊張を覚えた。
息が切れ、肩はぜいぜいと上下している。喉が渇いてひりつく。唾液を飲み込んでも、あまり意味はなかった。
ボクが以前に爆破した、かつて扉だったところをくぐる。
……あった。
大きく息を吐く音の残響。ひっそりとさざめく空気のなかで、それは神々しいような鈍い輝きを放って鎮座していた。
それを乱暴にひっつかみ、さっきとは反対方向に走り出す。
まだ半分。
急げ。急げ、急げ、急げ。ひたすらに急げ急げと繰り返す。
急がなくてはいけない。
そういうプログラムみたいに、ボクはただ、急ぐことしか頭にはなかった。でも、ボクは。プログラムなんかじゃない。
倉庫の扉は開けっぱなしで、時折風に揺れてやかましく音をたてていた。
中に入ると、さっきの暗闇がまた、ボクを包み込んだ。それだけじゃない、讃美歌も。
……モノクマの仕業だろう。
そんなことはどうでもいい。
早く。早く早く早く早く早く早く。
ボクは死ななければいけない。
モノクマの嘘かもしれない。罠かもしれない。
それでも。
ボクは……。
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