小説A

□ふわりと香るそれに僕は、
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湯気が立ち上る。二つのマグカップからそれぞれ、ふんわりと昇っていく。
コーヒー。一つはブラック、もう一つはミルク入り。C太がそれを両手に一つずつ持っていって、机の上に置いた。そのことんという音とは別に、階段を下りてくる音がした。とんとんとほぼ一定のリズムで響くその音は、だんだんと近くなって。
「……おはよう、A弥」
「……ん、おはよ」
まだ寝起きで寝ぼけているA弥は、いつもにも増して無口で会話下手だ。乱れて皺がついたワイシャツ。ぼさぼさの頭。半分以上袖に隠れている手で目を擦りながら、ミルクが入っているほうのコーヒーがある席に座った。
インスタントコーヒーの容器をシンクで片付けるC太を横目に、A弥はコーヒーをずずずとすすった。ミルクである程度まろやかになった苦味。だがそれでもA弥には少し苦い。C太いわく眠気覚ましとのコーヒーを、まだぼんやりとした頭で喉に流し込んだ。
首の後ろから、手が回ってきた。C太が後ろからA弥を抱き締める。台所をある程度片付け終わったようで、A弥が座っている椅子の背もたれの後ろに立って、そこから腕を回している。A弥の頭に自分の顎を乗せるような体勢だった。
「A弥、それオレのなんだけど」
A弥が飲んでいるカップの中身を覗き込んで、C太は言った。
「苦いから、やだ」
未だに寝ぼけ眼のA弥は視線を動かさない。 もう半分ほど減ったコーヒーを、無表情で飲み干した。髪にC太の頭が触れる感触。自分の髪に顔をうずめて何が楽しいのだろう、と不思議に思いながら、空になったカップをテーブルに置いた。
「A弥はミルク少し減らしても眠気覚ましにはならないみたいだから、今度からはブラックにしようと思ってたんだけどなあ」
C太はそう言ってから、ふふ、と笑った。
「A弥、オレと同じ匂いがする」
いい匂い、とまたC太は笑う。
「昨日、C太の家……ここに泊まったんだから、同じ匂いなの当たり前でしょ」
「オレと同じ匂いなのに、A弥のだとすごくいい匂いに感じるね」
そう言ってC太はくすりと微笑んで、今度はA弥の首筋に顔をうずめる。C太の息が、首筋にかかる。少しくすぐったかった。
A弥は首に回っているC太の手をとり、自分の鼻に持っていって匂いをかいだ。
「ほんとだ。いい匂い、する」
ふふ、と耳元で笑い声がする。やっぱり少しくすぐったかった。
A弥、と呼ばれて首だけ回して振り返れば、さりげない仕草でキスをされて、それはすぐに離された。首に回されていた腕が解ける。振り返るとC太は椅子の背もたれに片腕をかけて立っていた。
A弥には少し苦いかもね、とぺろりと自分の唇を舐めながらC太は言った。
「今度からはミルク多めにしよっか」
「……そうして」
ふわりと香るC太の香りが鼻先を掠めて、やっぱりいい匂いだ、とまだ覚めない頭が思った。

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