小説A

□初めまして、お久しぶりですね。
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「ねえ、先輩」
狩屋が霧野の髪へ手を伸ばす。
「髪、結んでいいですか」
霧野はいいぞ、とだけ言って、また視線を手元の本に落とす。ぱらりとページをめくった。
「先輩って、綺麗な髪してますよね。俺みたいな癖っ毛とは違ってさらさらで」
霧野は何も言わない。狩屋は、手で霧野の髪を鋤いている。手のひらの上に乗せるようにして、二つに分けたうちの一束をまとめる。
「ねえ先輩、たまには髪型変えてみたらどうですか」
生返事だけが返ってくる。狩屋は内心退屈だったが、それでも霧野の髪を弄ぶ。五分、十分、霧野は黙々と本を読み続ける。狩屋は黙々と髪を弄ぶ。
「あれ、先輩ゴムどこですかー?縛れませんってー。ねえ先輩ってばー。ねえねえ先輩ー」
これには霧野も参ったようで、あー、と叫び声をあげながら素早く狩屋を振り替える。
手首に通っているゴムを外し、狩屋に差し出す。
「あ、ありがとうございます。やっと縛れますね、先輩」
にっこりと、狩屋は満面の笑みを浮かべた。言わずもがな確信犯だ。
「はずみで本閉じちゃったじゃないかよ……まったく」
さすがに少しこたえたようで、霧野はうなだれる。狩屋はそれを見て嘲笑した。霧野は溜め息を一つついて、狩屋に後ろを見るように促した。
「確かにお前猫っ毛の癖っ毛だから、自分だと縛りづらいかもな」
ほらゴム貸せ、と狩屋の首の横から手を伸ばす。狩屋はその手のひらにゴムを乗せた。数分間霧野が髪をいじり、ふと鏡を見せられた。
それを覗き込むと、そこには後ろでひとつにまとめられた、癖っ毛。いつもよりさっぱりとした感じだった。
「……へー、さすが先輩。いつもやってると違いますね」
そこらへんの女より器用ですよ、多分。
誉めているのか貶しているのか分からないような言葉が発せられ、霧野は苦笑する。まあいいか、とまた溜め息をついた。
「読まなくていいんですか、本」
いけしゃあしゃあと、そう問われる。
「いいよ、お前に付き合ってやるよ」
暇そうだしな、と付け足すと、あからさまに不満気な顔をされた。
あ、これはまずいな、と思ったがもう遅く、後で読もうとさっき思ったばかりの本は既に狩屋の魔の手にかけられていた。

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