小説A

□冷たい手を握りしめて
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斜陽が、あらゆるものを赤く照らす。街路樹の梢が風に揺れ、時おりカラスの羽音と鳴き声がした。普通なら不気味だと言うだろうこういう光景ですら、自らの興奮材料にしてしまうのがA弥だった。
「……ちょっと、不気味な感じがするね」
悦楽を孕んだ語調。C太はそんなところさえA弥らしいと思いながら、相づちを打つ。見る者によっては稚拙ともいえるその嗜好は、A弥の数少ない生き甲斐のひとつだ。
「そうだ、オカルトとはまた違った、カラスにまつわる都市伝説なんだけどね……」
目を輝かせて嬉々として語り出す、そんな姿が微笑ましいとC太は思った。
「うん、何?」
「……カラスの死骸が見つからないのって、死んだあとは他のカラスがそれを食べるか
ら、らしいんだよ……」
「それはちょっと、怖いね……」
本当に不気味だ、とC太がその意をこめてそう感想を告げる。A弥は満足気に笑った。C太はふいに、A弥の手に自分のそれを絡めた。どうしたの、と問うA弥になんだか不気味で怖かったから、と言うと嘘つきと呟かれた。その言葉とは裏腹にぎゅっと握り直された手が嬉しくもある。ふふ、と笑うとうるさいと返ってくる。握っている手を引き寄せる。いつもより二人の距離は短くなって、歩調もいつもよりゆっくりだ。少し冷たいA弥の体温を身近に感じる。
「A弥、手冷たいね」
「別に、そうでもないよ」
「いーや、冷たいよ、オレからしたら」
「……じゃあ、C太があっためてよ」
ぽつりと呟かれたそんな言葉。
もちろん、と言うとまたぎゅっと手が握り直された。
「ほっぺた赤いね、A弥」
そう告げると顔を背けられて、でもこんな近距離ではあまり意味がない。
「夕日が反射してそう見えるだけ」
「本当に?」
人差し指でA弥の頬をつつく。柔らかい感触。調子に乗ってずっと触っていると睨まれた。
「ねえA弥、今周りに人いないの気付いてる?」
笑いながらC太は言う。A弥はどうでもよさげに、だからなに、と返した。
「何しても見られないってこと」
ね、と言って笑ってA弥にキスをした。A弥は抵抗もなにもせず、C太の襟元を掴んでそれを受け入れる。
しばらくして唇が離れて、こういうのなら不気味なカラスも大歓迎だね、とC太は言った。
「人がいないから何しても見られないし」
「別に人がいないとこでやればいいだけじゃないの?」
そう言ってA弥はまた手を握り直す。
「今日、A弥ん家行ってもいい?」
その問いに、好きにしたら、とA弥は返した。
「人がいないところで、ね」
C太はそう言って笑う。
「……ほどほどにしてよ」
溜め息をついたA弥に、さあね、と言ったC太の声が返ってきた。

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