小説A

□時空性愛憎症候群
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天馬が、壁に叩き付けられた。鈍い音がした。ずるずるとへたりこむ。肩を押されて起こったそれは、天馬を恐怖させるには十分すぎる。見上げると、自分と同じ顔。冷たい視線が痛む腹に刺さった。痛みと恐怖でひ、と悲鳴が漏れる。白い手袋をはめた手が徐にのびてきて、天馬の肩を壁に押し付ける。
「やだなあ、そんな顔しないでよ。仮にも君の子孫でしょ?」
そう言ってサルは笑う。うっすらとうかべられたその表情には、嘲笑の色が浮かんでいる。恐怖に歪んでいる、自分を決して写さない鏡を見ながら、サルは口角を一際大きく吊り上げた。
「僕はそんな表情をしたことはないんだけどさ。君がそうやって怯えていると、なんだか自分がそうしているようにさえ思えてくるよ」
なら怯えるなというのか。
無理に決まっている。
唐突に、サルの手が天馬の頬に触れた。優しく、いたわるように。
「なんで、優しくするの……?」
優しくされたら、本当はいい奴なのかもしれないと、憎みきれなくなってしまうのに。愚かしいけれど、信じたくなってしまうのに。
「僕は、君が憎いんだよ。殺したいほどに」
「なら……殺したらいいじゃないか……!」
声が震える。喉がひりつくのを感じた。ゆっくりと伸びたサルの腕が、天馬の喉を撫でた。そこから徐々に手の力が強まって、だんだんと、呼吸ができなくなる。
「殺せばいいのかい?」
なにを言っているのかわからない。くらくらする。景色が霞む。苦しい。苦しい。
急に手が離されて、むせた。
「君を殺したら気持ちがいいんだろうね。でも、君を殺せるのは一度だけだろう?」
視界が回復してきた。サルの表情もよく、見える。
「だから僕は、君を愛することにしたんだ。それが君を苦しめる一番の方法だからさ」
サルがそう言って笑ったのを見て、天馬は言葉を飲み込んだ。
一番苦しいのは君じゃないのか、と。

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