小説A

□激痛
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不器用に笑った。
「……ねえA弥、もう止めよう」
C太はカッターを振り上げながら。そんな言葉はもうA弥にとって偽善でしかないのに。
刺さる刃も、拳も、何も感じない。それは比喩表現ではなく。
生まれつきだった。
気味悪がられたことなんて数えきれない。それはちょっとした怪我でも、大きな怪我でも。後者のほうがもちろん周囲の反応は大きかった。
一度だけ、少しの高さのところから落ちた同級生をかばったことがあった。右足骨折、左手の薬指の爪が剥がれ、全身打撲。苦痛に喘ぐことも悲鳴をあげることもしなかったA弥に向けられた、化物を見るような冷たい表情は今でも脳裏に焼き付いていた。心配されるはずだった、感謝されるはずだった、普通ならば。だが謝礼はなんだったか。不気味がる怯えを伴う敬遠ではなかったか。労いの言葉ひとつ向けられることはなかった。
だから関わることをしなくなった。
体に傷がつくのが怖いのではない。周りの目が、向けられる感情が、怖かった。
それでも、C太だけは不気味がらずにいてくれた。A弥を普通の人間と同じように扱ってくれた。自分のことを知ってなお、話して、遊んで、笑って、怒って、関わってくれるのはC太だけだった。
その同級生をかばった一週間ほど後、人通りがまったくといっていいほどない物置に連れ込まれた。男子数人、その中にはA弥がかばった張本人もいた。そこから先は単純だった。殴られ、蹴られ、罵倒された。浴びせられた罵声にも眉ひとつ動かさず与えられる痛みにも声ひとつあげないA弥には、やはり否定的な感情しか向けられることはなかった。
彼らにとっては日々の苛つきや鬱憤を晴らすだけだったのだろう。痛みも何も感じない人間がいるならさぞ好都合だったに違いない。普段は存在をあえて認識しようとしない彼らが、その時だけはA弥を確かに認識していた。
自分はそのためだけに生まれてきたのだ。そうでなければなんだというのだ。存在価値をそこにしか見いだせなかった。
自分は虐げられるためだけに存在している。ならばC太も、自分をそのために使いたいと、そのために自分に近づいてきたのか。心が、痛んだ気がした。肉体的な痛みは感じなくとも、確かに心は痛かった。
求めるようになったのはいつからだっただろう。自分に虐げられる以外の価値はないのに、C太は、自分にそれをしようとしない。そんなことが許されるのか。罪悪に苛まれるうちに、A弥はC太にそれを求めた。そうせずにはいられなかった。それをされなければ、自分は必要ないのだと、そう思った。
「……A弥、もう止めよう」
降り下ろされた。
そんな言葉はもうA弥にとって偽善でしかないのに。
そんな行為はもうC太にとって苦痛でしかないのに。
報われなかったことなんて数えきれない。ただ好きで、放っておけなくて、側にいたかった。浮世離れした危うい存在を見て、庇護欲を掻き立てられるような、そんな気持ちになった。
だが気付けなかった。痛みを感じないことは知っていた。なのに自分はそのためだけに生まれてきたなんて、そんなことを思っているなんて。
それを求められたとき、それをしなければ自分は必要ないのだと、そう思った。

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