小説A

□アスファルトが滲んで
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「大丈夫っすかー……?」
尋ねると背中から情けない声がした。うー、と、呻き声のようなか細い声。それでもいまだ日差しはじりじりと照りつける。真昼の猛暑盛り。
シンタローが熱中症になるのもまあ仕方ないといえた。八分ほど自分の背中で揺られているシンタローを、ひとまず通りかかった公園のベンチに下ろすことにした。木製の質素なベンチに腰かける。隣に膝を立てたシンタローがぐったりと横になった。ベンチが、ぎしりと軋む。
「おえぇ……吐きそう……」
また呻き声が聞こえた。
「ええ!?大丈夫っすか!?」
「……目の前ぐらぐらする……」
どうやら相当重症らしい。
「俺、スポーツドリンクかなんか買ってくるっすよ」
今にも嘔吐しそうなシンタローに背を向けて立ち上がり、小走りで最寄りの自販機を探した。ちょうど道路の向かいにコンビニエンスストアがあった。
自販機よりこっちのほうが速そうだと、少しずつスピードを緩めながら、すぐ目の前の横断歩道へと歩を進めた。人混みに押し潰されそうになりながら、青になった信号を睨む。早足で通り抜けようとするも混雑がそれを許さなかった。やっとのことで横断歩道を抜ける。シンタローが嘔吐していないかと冷や汗をかきながら、コンビニの自動ドアをくぐった。ひんやりと冷房が体を冷やす。むしろシンタローさんをここに連れてきた方がよかったかもしれないなと息をついて、セトは飲み物が陳列されている棚へと向かった。冷蔵庫を開ける。冷気が顔と手にあたって冷たかった。スポーツドリンクを手にとって、手早くジへ向かう。レジには塩分補給のタブレットが置いてあった。ご丁寧に『熱中症予防に!』とポップまでついている。既に発症していては手遅れだろうかと少し頭を悩ませながらも、それを手に取る。三六十八円です、と店員が営業スマイルでにこやかに応じてくれた。内心速くしてくれと焦りながらも、一応軽く頭を下げて小走りで店を出た。
公園に戻ると未だぐったりしているシンタローが、背もたれに寄りかかって目を閉じていた。そのむき出しになった額に、買ってきたばかりのスポーツドリンクを押し付けた。驚く素振りも見せず、シンタローは目を閉じたまま、手探りでそれを手に取る。
「あとシンタローさんこれ、塩分補給にいいらしいっす」
シンタローはやっと瞼を上げた。
「……悪いな、セト。……いろいろ迷惑かけた……うう」
シンタローの額にあてがったままのスポーツドリンクを取り、キャップを開ける。シンタローに手渡すと、力なくそれを口に入れた。
「……少しは、良くなったっすか?」
「……まあさっきよりは、だいぶマシだな……お前のお陰だ」
そしてシンタローは嘆息を漏らす。
「俺もこんなんじゃまずいとは思うんだけどなあ……」
またひとつ溜め息。そんなシンタローを見て、セトは微笑んだ。
「運動なら、いつでも付き合うっすよ!」
なんなら絶叫マシーンでもいいっすけど、と笑うと、シンタローは苦笑する。
「……吐いてもいいならな」
「吐かないようにするための訓練っす!」
まだ声に力こそ無いものの、先程よりは回復したようだった。乾いた笑みをこぼすシンタローと目が合って、つられて思わず笑う。
シンタローはベンチの背もたれに手をかけて立ち上がろうとする。だが右足を地面につけて力をとめたところで、うっと呻き声を漏らした。
「……足つった……っ」
太股のあたりを手で押さえ、ベンチに右足をのせる。
「大丈夫っすか!?」
どこっすかー、と尋ねるセトは冷静だった。痛みに苦しむシンタローの足を、ゆっくり丁寧にマッサージしていく。中腰になったセトの首に腕を回して、シンタローはそれに耐える。やがて痛みが引いたのか、シンタローは脱力した。ふう、とセトも息をつく。
「シンタローさん、足細いっすね……。まさにゴボウっす」
手で半円の形を作る。
「……生憎筋肉が無いんでな……」
「大根レベルまで上がるといいっすね!」
「それは太過ぎだろ……ゴボウの何倍だよ大根って。……せめて人参が」
「目標は高く設定するものっすよ!」
シンタローは苦い笑みを浮かべる。
「まあ少しは……鍛えるよ」
「いい心がけっすね!」
そう言って立ち上がり、セトはベンチに座るシンタローの前にかがんだ。帰りもおぶっていく、ということを、シンタローも言外に察する。悪い、と言いながら、セトの背中に身を預けた。
人気のない路地を選んで歩く。大抵こういう路地は日陰だというのもある。それに二人で、二人だけで歩くこの空間が心地よかった。並んで歩くにしろ、こうしておぶって歩くにしろ。
自分の背中から僅かに伝わる体温が、少し嬉しい。シンタローは鍛えると言っていたけれど、背中で揺られている華奢な重みは、もう変わらなくてもいいような気がした。

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