小説A

□嘘つきは僕なのか
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フン、と嘲笑の声がした。二人だけの図書室。
苗木は顔を上げる。十神と視線がぶつかった。七秒後に先に目をそらしたのは、苗木だった。
「……お前が、黒幕だと?笑わせるな」
苗木は顔を上げない。
「……本当だよ。僕が黒幕なんだ」
終始苗木はうつむいていた。まるで十神と目を合わせることを恐れているかのように。
十神は不審に思った。今まで苗木がこんなによそよそしくなったことはなかった。時々交わる視線も、その奥の苗木の瞳を見つめるのも、心地よくすらあったのに。確かに安息のような落ち着きを感じてすらいたのに。
「ならばなぜお前はここにいる?今もどこかでこそこそ隠れて俺たちを見ている溝鼠のように姿を隠さない?」
挑発。不敵に微笑む十神を、こんな時でさえ苗木は綺麗だと思った。
「……分からないの?大神さんのように皆に溶け込んだほうがそいつにとって便利だからだよ。監視カメラやモノクマだけじゃ分からないことも僕なら分かる。こっちのほうが黒幕も動きやすいからだよ……!」
「愚問だったな。……だがいい、お前だけが黒幕でないことははっきりした。お前が大神さくらのような黒幕の『協力者』だったことは」
どうやら口を滑らせてしまったようだった。だが、今さらこれっぽっちの情報漏洩など大したことではない。もともと洗いざらいぶちまけるつもりでここに来たのだ。孤立することを覚悟してここに来たのだ。
それでも十神だけは信じてくれるかも知れないと、半ば羨望にも似た何かを抱いてここに来たのだ。惨めだと笑えばいい。無様だと嘲ればいい。それでも十神にだけは打ち明けようと思った。このコロシアイが瓦解しても十神にだけは知っていてほしいと思った。
「……苗木誠。お前一人が黒幕なのではないのだろう?ならばもう一人は」
十神の後ろを素早く通りすぎる影が見えた。ぽつりと赤い光が残像を生みながら光る。目をきつく閉じる。
「……ごめん」
「……言えないということか?」
十神の手で壁に押し付けられる。彼の瞳を盗み見る。視線がぶつかった。十神の目は、悲痛な色を帯びているように見えた。
「……認めんぞ。お前が、俺の命令より黒幕の命令を優先するというのか?」
苗木、と、名前を呼ばれる。苦しかった。今、口を開けばモノクマはきっと十神を襲う。今までの記憶はすべて消去されるだろう。もしかしたら、今まで二人で過ごした記憶だって消されるかもしれない。それを考えると、何も、言えない。
十神の制服の襟元を掴んで引き寄せる。十神が目を見開く。口だけ動かして、えのしま、とだけ伝える。えのしま、江ノ島。黒幕の名前。
十神が崩れ落ちた。苗木に体重を全て預ける。もう意識はなかった。十神の背後から不愉快な声が響く。
「うぷぷぷぷ……ダメじゃない苗木くん。これは立派な裏切りだよ!」
腕を上に持ち上げて、ガオーとうなって見せる。少しも恐くないはずだった。
「……そんな悪いコの苗木くんには……うぷぷぷぷ、特別にオシオキを用意しました!じゃーん、今回はなんと!十神くんの記憶を消去しちゃいまーす!どう!?エクストリームだね!」
唇を噛む。
「……そーんな辛そうな顔してるけどさあ、本当は少しドキドキしてたんでしょ?好きな人に黒幕だって打ち明けて絶望的だったんでしょ?
ほらね!やっぱりボクの目は間違ってなかった!やっぱり君は絶望の才能があるんだよ!」
そんなことない、と叫びたい。黒幕の正体を大声で叫んでしまいたい。
「本当はね、分かってたんだよ。君と十神くんがこうなるってこともさ。君は十神くんのことになるとすぐ絶望する。たくさん絶望すればするほど、君は絶望に目覚めていくんだよ!」
「……黙ってくれ……!」
「あれえ?そんな言葉を遣っていいの?彼の命運は今ボクが握っているんだよ?どうなるかはボクの気分次第なんだよ?
……まあ君にできる事はせいぜいボクのご機嫌をとることくらいだね。
しかし君も飽きないねえ。これで何回目?まあ挑戦した数、イコール失敗した数、なんだけどさ。そろそろ記憶の消去にもエラーが出てきそうだなあ」
そう言い残してモノクマは十神を引きずって行った。情報処理室。
ごめん、と、唇だけを動かした。見ていることしかできない自分に絶望しながら。


「……何をじろじろ見ている?」
目の前の十神はそう言い放った。まるでなにも無かったかのように。
「……ごめん」
「まあいい。……貴様とは見つめ合うほど親しい間柄でもなかったはずだがな」
壁の影から覗き込むモノクマが見えた。苗木を嘲笑っている。もう見ていたくなかった。十神に背を向けて、立ち去る。
「……待て」
急に呼び止められて驚いたのは苗木だけではなかった。呼び止めた十神自身も驚いている。
「……何?十神くん」
十神はかぶりをふった。混乱しているように見えた。
「……いや、なんでもない……待て、苗木……。お前は俺のことを、白夜くん、と呼んでいなかったか……?いや、そんなはずはない……」
少しだけ、希望が見えた気がした。
「……そうだよ、白夜くん」
今なお混乱している十神に、苗木はそっと歩みよった。

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