小説A

□同じでいてもやはり違うのだと
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サルはくすりと笑った。
「どう思う、フェイ?」
フェイは瞼を下げた。サルは。皇帝である彼は、性格が歪んでいる。そう、常々思う。
自分ごときがサルに意見なんてできないのを知っているくせに、そんな権利なんてないのを知っているくせに、サルは僕にこうして意見を求める。何も言う必要はない。何も言わない、意見しない。知らないうちに全ては決定していて、そして進行する。
「……サルの、言う通りに」
跪いて、頭を垂れた。頭上から笑い声が降る。
「じゃあ次はさ、あそこを襲撃しようか。君が指揮をとる。いいね?」
「……わかった」
僕は本当に、こんな破壊行為を望んでいるのか。
分からない。
いくら考えても、答えは出なかった。ただ目の前の彼は、サルは、自分を孤独から解き放ってくれた存在だ。唯一僕を家族と呼んでくれた存在だ。その代償が、これなのだとしたら。甘受するしかないのだろう。受け入れるしかないのだろう。従うしか、ないのだろう。見捨てられるのは嫌だ。もう一人になるのは嫌だった。孤独に耐えるには、まだ自分は幼すぎると、そう思った。

「どう思う、フェイ?」
フェイが目を閉じるのを、サルは見た。ここのところフェイはいつもそうだ。気を張り詰めたように眉を寄せ眉間に皺をつくり、目を閉じる。フェイはいつも笑顔だった。だがふとした瞬間に、そうして瞳を閉じているフェイを、幾度となく見かけた。
雨のなか濡れていたフェイ。涙を零していたフェイ。涙と雨粒がぐちゃぐちゃに混ざりあって、それでもフェイはなお、光を失った目で遠くを見ていた。サルはそれに目を奪われて、美しいと、婉美だと、そう感じた。傘を差し出した時、すがるような瞳から目が離せなくなった。
そしてフェイはサルに従順であった。
命令には逆らわなかった。命じたことは全て完遂した。完璧なまでに。文句のつけどころも無いほど、フェイの働きぶりは素晴らしかった。人を傷つけるのは好まないような優しさを根本に内包していたのに、サルが望めば躊躇せずやり遂げた。
葛藤はあったかも知れない。自問自答や自己嫌悪はあったかもしれない。しかしそれをサルに見せることはなかった。それがフェイの強さであり弱さでもある。それを知っていてなお利用する自分を、サルは、狡いと思う。信頼とは違う。確実なだけだ。信頼関係と呼べるようなものは、二人の間には何も根付いてはいない。あるのは、ただの主従関係のみだ。
だからサルは待つ。フェイが自分に逆らうのを。もうこんなことは嫌だと、したくないと。その言葉を聞けば、サルは今までのことを謝れるような気がしていた。主従関係が崩れ、新たな関係を始められるような気がしていた。

「どう思う、フェイ?」
天馬はフェイにこう問いかけた。傾げられた首に、髪が軽く揺れた。フェイは少し考える。その瞳が、眉が、口が、髪が。天馬のすべてが、サルを連想させた。
「僕は」
しばし考える。
「……天馬の、言う通りにするよ」
努めて明るく言ったつもりだった。サルはこう言うといつも喉をくつくつと鳴らし、そして目を細めてフェイを見た。だが天馬は、不満げな声を漏らした。
「んんー、フェイの意見は、無いの?」
目を見開いた。今までに、自分の意見を求められたことなどあったか。自分の考えを必要とされたことはあったか。
「僕……は……」
口にしていいのか。話していいのか。伝えていいのか。自己主張などしていいのか。捨てられはしないだろうか。生意気だと見限られはしないだろうか。また一人になりはしないだろうか。
「うん、フェイの考えが聞きたいんだ!」
屈託なく笑う天馬のその声に、深海から腕を引き上げられたような気がした。

「……いいと思うよ、フェイ」
フェイを雷門に送りこんだのは自分だった。たった一人で突然に知らない地へ飛び込めと命じているのに、孤独を誰よりも恐れているはずのフェイは、最後までやはり従順だった。
自分と同じ顔をした、天馬。彼が、フェイを少しでも変えてくれたら。少しでも変わってしまったら。
仕方の無いことだった。自分たちを認めさせるには、セカイに僕たちというものを主張するには、こうするしかなかった。後悔がない訳がない。ただ今は、心の内で静かに願う。フェイが、少しでも変わることを。そして帰ってきたとき、僕に抗うことを。
フェイが僕のもとへ帰ってくることを。

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