小説A

□僕を殺して
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もう死んでしまいたかった。人生を終えてしまいたかった。息の根を止めてしまいたかった。自分を殺してほしかった。
「僕を殺してよ……ねえ、殺してよ!殺して……殺してよ……!」
C太に詰め寄る。返事は返ってこなかった。C太はうつむき、顔を上げずにただ黙っている。A弥と接することを恐れているかのように。
なぜ何も言わないのか。やるせない気持ちが込み上げてきて、A弥はさらに声を荒げた。
「なんで僕を殺してくれないの……!?もう僕は死にたいんだ……生きていたくないんだよ!」
それでもC太はなにも言わなかった。終始うつむき、唇を噛む。A弥と目を合わせようともしなかった。A弥はかがみこんでC太と視線を合わせようとする。何度も何度も執拗に、その度にC太は目を逸らす。決してA弥とは目を合わせなかった。A弥を見ようとすらしなかった。じっと、嵐に絶える大木のように、うつむき下唇を噛んでいた。
「僕はもう嫌なんだよ、もうこんなことには耐えられないんだ……!この手で、君を!……殺すのが!嫌なんだよ!」
半ば吐き出すような叫びだった。瞳は歪み、潤み、今にも涙がこぼれ落ちてしまいそうな。それでもなお叫び、求め、睨むようにC太を見る。A弥の荒い息が響くほど、静かだった。沈黙が続いていた。
「そんなこと……オレにだってできる訳ないだろ……」
弾かれるように顔を上げる。
「オレだって……今まで、何度もA弥を殺してきた……!カッターがA弥の腹に、胸に、腕に、肉に食い込む感触が忘れられない……!手に、指の一本一本爪先までこびりついて離れない!」
はあっと息を絞り出して、吸って。
「それでも!繰り返すしかないんだよ!……繰り返すしか、ないんだ……」
ついにA弥の瞳からは涙がこぼれた。頬に伝う水滴が、かぶりを振るA弥の動きに合わせて落ちる。
「ねえ、誰なの……?誰なんだよ、キツネって……!もう嫌だ……嫌だ……」
C太はそれに沈黙で答えた。息を大きく、深く吐き出した。
なぜこんな事になったのか。どこで何を間違えたのか。だったら正解とは何だった?どこでどうするのが模範解答だった?こっくりさんなんて止めておけばよかったのか、あんな戯れ事など、取るに足りないものだと切り捨ててしまえばよかったのか。子供じみた遊びだと。たとえそれがA弥の望みに、好奇心に反するものだとしても。傲慢だった。そんな惨劇など起こらないと傲っていた。背筋を走る戦慄の裏に、確かに期待を抱いた自分がいた。何か起こればいいと。つまらない平凡が崩れるようななにか。
「その結果が、これか……」
振り下ろすカッター。恐怖にゆがむA弥の表情。初めの一回だけは、それに歓喜を抱いていた。裏切り者は死すのだと。A弥を、救えると。その本人を今まさに手にかけていることすら知らずに愉悦に浸っていた。愚かだったのだ、救いようもなく。明日も隣にA弥がいると、甘えにすがらずにはいられなかった自分は。
「裏切り者……」
それは自分だったのかもしれない。いつもA弥のためA弥のためと、そう偽って自分を救い続け、それを少しでも長らえさせるためにこんなおふざけを止めなかった。それこそが裏切りだったのだ。なら死ぬべきか。終わらせるべきか。殺したくないから殺せと命じられるなら、自分の手で終えてしまえばいい。なんども経験した別れを、今度は自分だけでやり遂げよう。

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