小説A

□悪趣味
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どたどたと騒がしい足音がして、ヒビヤが嘆息を漏らした。それはやがてゆっくりになって、止まる。ドアが開いた。
「ヒビヤくーん!たっだいま!!」
返事は返さない。それを気にもせずにモモは座り、がさがさと持っている袋を漁る。そうして取り出したものの外観は、とても悪趣味だった。
「……なにそれ」
満面の笑顔を浮かべながら答えたモモの言葉は、聞いていて、吐き気がするようなものだ。
「これね!!……抹茶がけさきいか!」
それは、全くその通りだった。さきいかの白い肌に、抹茶が、といっても粉末の抹茶がそのままかかっている。誉められるところといったら緑と白の組み合わせが綺麗なことくらい。だがそれも、漂ってきた青臭い臭いに相殺された。封の切れ端をもったモモは、幸せそうにその臭いを吸い込んでいる。顔をしかめて見せると、むっとしたように見返された。
「……おばさんの趣味、おかしいんじゃないの?僕だったら無理だね、絶対に無理……」
「こんな美味しそうなものを食べないなんて、ヒビヤくん損してるよ!食べてみればわかるっ……!」
さきいかをつまんだモモの手が、凄まじい速さで口元に飛び込んできた。上半身を反ってかわす。半ば寝るような体制の、床についている右手で上半身がわずかに浮いている状態。
「やるね……ヒビヤくん……」
「なにすんのさ……!!」
ガンナー同士の決闘中のような視線でニヤリと笑い、モモは立ち上がる。
「さあさあ、食べてごらんよヒビヤくん……きっと美味しいよ……私が選んだんだから間違いない……さあ!」
「……ますます食べたくなくなった」
呆れたような言葉に、いつもなら諦めの悪いモモが珍しく引き下がった。むう、と唸り声を漏らしつつも座布団に腰を下ろす。
「絶対美味しいと思うんだけどなあ……」
モモの味覚が根元から腐っていることは、この数日間で嫌というほど知った。通常ならば絶対に食べようと思わないものを、どこで見つけてくるのか次々と手に取ってくる。あまつさえ目を輝かせながら。奇妙なものに好奇心を向けるのではなく、本心から、心から美味しそうだと思って。到底理解できないと、ヒビヤはもう諦めていた。
「……じゃ、僕ちょっと部屋行ってくるから。邪魔しないでね、モモ」
さきいかを頬張っていた手を止めて、モモは手を振る。いってらっしゃーい、と陽気な声が返ってきた。横を通りすぎたとき、その手首をつかんで口元へもっていき、指先をぺろりと舐めた。さきいかの青臭い臭い、それと優雅なほど上品な抹茶の香り。それらが口の中でぐちゃぐちゃに混ざりあい反発し、不協和音を奏でているかのような不味さが広がる。
やっぱおばさん趣味悪いね、と言って、扉をくぐってすぐ閉める。モモは驚いて指先を見つめ、そこからしばらくそうしていた。

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