小説A

□自信過剰
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笑い声が響いていた。仄暗い部屋に、少し高めの声。そして時々混じる、嗚咽。
「うふふふふ……あははははは!死んだ……お姉ちゃんが……死んじゃった……死んだ……ふ、うふふ……うふふふ……あははははは!はははっ……お姉ちゃん……死んじゃった……あは、あははははっ……」
そこで江ノ島は蒸せて咳き込んだ。手で顔をおおい、ぺたりと座り込んでいる足に顔を埋めた。
「……うふふふ……これが……愛する人を失う絶望なのね……っ!二度目だけれど……肉親だと、こんなにも……っ!大して好きでもない姉だと思っていたけれど……あはは、お姉ちゃん……死んじゃった……うふふ……」
苗木はゆっくりと、まぶたを上げる。ただ江ノ島を見ていた。むせび泣く江ノ島を、呆れを孕んだ目線でじっと見つめていた。
「……君には、呆れて物も言えないよ」
江ノ島の耳には入らない。相変わらず、むせび、涙し、そして笑う。ずっとそうしていた。モニターに自分の姿の姉の死体を映しては眺め、そしてまた笑い泣く。無数の槍に貫かれた戦刃。大好きな妹の格好をして死ねるのなら本望だろうと思って、苗木はまた目を閉じた。
自分はこんな感情に襲われることはない。絶望すること自体が、希望になるなんてことは。ただ無感情でいられるだけだ。無関心でいられるだけだ。そして、彼女の言った絶望に、なぜか惹き付けられただけだ。虚無しか感じられなかった自分に、これがあるかもしれないと期待を抱いただけだ。もしも愛する人が死んだなら。それも自分の思い通りに、惨たらしく死んだなら。笑うのだろうか。その悲哀や理不尽を悦ぶのだろうか。それはないと、無理だと苗木は思う。少なくとも自分はそんな異常な嗜好はないし絶望狂でもない。彼女を崇拝する者が分からない。だが、彼女自身はもっと分からなかった。
嫌いではない。たまに勘がするどく、何もかも見透かされているように感じる、それに時折鋭い意見を切り込んでくる江ノ島。友人を演じている『同級生』よりは遥かにマシだ。心になにかしらの野望や野心を秘めて、それを自分の才能の輝きや謙遜で上手くくるんでみせる。見ていて分かった。恐怖の裏に、自分だけは必ず生き残る、という底知れぬ自信があることが。殺されることはないと、根拠がないながらも心の芯から沸き上がってくる自信があることが。素晴らしい才能を持つ私、僕が、俺が。殺される訳がないと。もちろん口には出さないし、自分でも自覚していないのかもしれない。それでも無意識に思い、安堵する。自分でも気がつかない間に。
苗木は別のモニターのスイッチをいじり、生徒それぞれの部屋をチェックした。ぽつりぽつりと切り替わるモニター。不安げな表情で過ごしている彼ら。だが本当に恐怖してはいない、と苗木は思った。手が震えているか。物音一つ一つに敏感になり周囲の様子を伺っているか。人目につくことを極端なまでに避けているか。そうではない。歪んでいるのは表情だけ、その仕草は、行動は、何一つ変わらない普通のものだ。
「……まだ絶望には、程遠いね」
自分は、殺されることがない。
この自信は、根拠のないものなんかじゃない。自分を盲信するあまりのものでもない。
だって僕は黒幕だから。そしてそれを、気付かれることはない。

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