小説A

□慣性
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A弥が手を振った。C太もそれに応えて手を振り返す。軽く微笑んで、A弥は先に歩き出す。いつもはC太に促されないと歩を進めないのに、最近はいつもこうだった。その後からC太が早足で追いつく。それからは、横に並んで帰る。これにもう慣れてきてしまっていた。
今日あった何気ないことを会話の種としてA弥に投げかけながら、C太は考える。毎日毎日考えている。どうしたらいいのか、A弥のために、自分のために。
最近、A弥に距離をおかれているような気がした。一週間前、それにふと気が付いた時から、違和感は急速に大きくなっていった。露骨な避け方ではなく、気付かれないように知られないようにと、自分を傷付けないようにしようとしているような。直接尋ねるなんてことはできないししない。A弥にもなにかしらの意図はあるのだろうと、半ば自分を誤魔化すようにして目を背け知らぬふりをした。
ただ怖かった。
だってA弥がいなかったら自分は必要ないから。自分の存在意義をA弥になすりつけて生きているから。もちろんそれだけではない。好きだし、側にいたいとも思う。なのに一番最初に思い浮かぶのはその事だった。自分の存在価値、それが風の前の塵のように脆くはかないもので、なによりA弥が側にいなければ、意味など、価値など。
A弥のことをいつも思慮しているように見えて、結局は自分の事しか考えていなかったのだ。それを直視するのも怖くて、やっぱりC太は目を逸らし続けた。
でも思った。A弥に近づきたい、そう思った。好奇心とか興味のような感情が沸き上がってきて、今のような関係を変えてしまいたいと思った。よくは分からなかったけれど漠然と思ったのだ、出来るかもしれないと。
でもそれは勘違いだったのかもしれない。今まで利用してきた自分に、そんな権利などなかったのかもしれない。

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