小説A

□たとえキミであっても
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がらりと乱暴にドアが開いた。そこから入ってきたのは苗木で、まぎれもなく苗木だったのだが、今日の苗木はいつもとは違った。言動の節々に荒っぽいところが目立つ。
それは例えばドアを乱暴に開けることであったり、例えば遠回しに言い寄ってきた女性上司を無下に一蹴したり、例えば受け取った資料をデスクに叩きつけるようにして放り投げたところで。なのに彼が浮かべる微笑みはいつも通りにこやかなもので、それが乱暴な動作と相まって、彼の得体の知れない苛立ちを醸し出していた。
「……遅い」
それに負けないくらい、十神の口調も傲慢だった。ぶっきらぼうに苗木も言い放つ。
「ごめん。廊下が混んでてさ」
そうしてにこりと笑う。いつも通りに。人が良さそうな、優しそうな。
「……目障りだ。笑いたくないなら笑うな。そんな茶番には飽き飽きなんだよ、俺は」
苗木は何も言わない。目線を下げ、長机の前の椅子に重い腰を下ろした。正面には、十神。
「分かっているとは思うが」
「重々承知の上だよ」
高慢な笑い声が苗木の耳朶を打つ。心臓を弱火にかけられているような感覚を覚えた。もうとっくに沸点は過ぎている。まるで液体窒素みたいに、煮えたぎりながらも手をつっこんだら凍ってしまいそうな。
「処分の件だがな」
何も言わない。
「……失念していた、その資料の二十三ページを見ろ」
机の上を、厚い紙の束が滑ってくる。緩く回転しながら流れてきたそれは、やがて緩慢に動きを止める。
そんなもの知るか。
一々目を通すのもうっとおしく、ぱらぱらとめくるだけに留める。十神の説明は未だ続いている。だが苗木の耳には入らなかった。それにはなから聞く気もない。どうでもよかった。苛立ちが募って、ついに苗木は不躾に言葉を投げた。
「だからそんな話をする必要はないって言ってるじゃないか、そんなことはさせない、そうとも言ってる」
「そんなことは分かっている」
けたたましい音が響いた。銃声のような乾いた音。苗木が紙の束、十神の言うところの資料を床に叩きつける音だった。十神が目を細める。組んでいた指を解いた。
「そんなことはさせないっ!」
「だったらお前がなんとかしてみろ!お前一人で何ができる、たった一人で何ができるというんだ」
「それは……っ、でも!そんなことは許されることじゃないよ!」
「じゃああいつらが今までにしてきたことはどうだ?許されるのか?」
「過去は償えるものだよ……!」
「それが大きな損害を生んだものでも、か。相変わらずだな」
「ボクはっ!」
十神が苗木を射抜くように見た。苗木も、それを見返す。
「……彼らを助けたいんだよ……っ!」
迷いはなかった。弾丸を放つように、苗木は十神を見つめていた。十神は口角を吊り上げる。立ち上がり、苗木のもとへとつかつかと歩み寄る。ネクタイを掴み引き寄せられる。訝しげに十神を見ると、口を寄せられ囁かれた。
「……いいか。この部屋の様子はモニタリングされている」
人差し指を口元に当てる。十神の目線の先を追った。何も無かったが、そこになにかがあるのは分かった。
「……適当に俺に話を合わせろ。異論は?」
まるで答えが分かっているかのような口ぶり。挑戦的に十神を見上げる。苗木は笑いながら言った。
「……あるはずないよ。やろう」
十神が眼鏡のフレームを直す。
すう、と、息を吸い込んだ音がした。

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