小説C

□面影を追ってトレス
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「ねえ」聞こえないふりをしたかった。
「キミはそれでいいかもしれないけどさ、ボクとしてはそうもいかないんだよね」
十神は答えない。
「ボクはどうあがいても彼の代わりにはなれないんだよ、色々な面でね」狛枝は続ける。「……分かってるでしょ?」
「……お前と苗木は似ても似つかないさ」
「……そうだよ、ボクには彼のような輝きもないし、強い心もない。だからこんなところでキミの、カウンセリング、を、受けている」
「その通りだ」
「なんだかんだ言ってキミ……キミたちが苗木クンを頼りにしていたのはボクだって知ってるよ、だけどさ、それをボクに求めるのはお門違いだと思うなあ」
「黙れ……」
「そんなに怒らないでよ、彼をキミたちの元から奪ったのはボクじゃない、本を正せば希望ヶ峰学園だよ」
十神の脳裏に、あの黒い長髪が浮かぶ。忘れようもなかった。あれきり彼は行方不明だ。彼、それは苗木、そして、カムクラ。
「ずいぶんと支障が出たみたいだね?それに本部が、ボクたちの処分について強気に出てきた。キミたちもだいぶ追い詰められてる。それに苗木クンは……なんとなく、いるだけで人を前向きにさせるようななにかがあったからね。そっちの面でもキツいんじゃないかな」
その通りだ。十神は苛立ちを押し殺す。本当に似ても似つかない。別に苗木と特別ななにかがある訳じゃない。それでも気が楽なところがあったのだろうし、他の機関員に比べると当然打ち解けている。狛枝の言葉の、後者は今大きな波紋を自分たちに与えていた。
「……カムクライズルは何をしたいんだ。苗木を機関から離せば、お前たちの処分が近づくことは容易に分かるだろう」
「さあ、ボクに訊かないでよ。知ったことじゃない」
十神は歯ぎしりをする。心の奥底で舌打ちを吐き捨てた。「……ねえ、十神クン」それなのに、少し苗木に似ている。こう思ってしまうのは何故だろう。つい顔を上げて、狛枝の瞳を見つめてしまうのは何故だろう。すぐ目を逸らすけれど、やはり、苗木に似ている。明日から霧切に代わろうか、それも負けたみたいで釈然としない。全く、腹が立つ。
「苗木クンはどうしているんだと思う?」
「……なぜ俺に聞くんだ」
「そりゃあ、他に聞ける人がいないからね」狛枝はからからと笑う。
「……知るか」
「知りたくないの?」
「……そう思うのか」
「思わないけど」彼は大抵そうであるように、今も笑みを浮かべている。「だってさ、あの元予備学科クンに連れ去られちゃった訳でしょ?心配じゃない?」
「……お前には、分からないのか?あいつの気持ちが」
同じ、絶望の残党だろう。
そう言った瞬間、狛枝の笑みが消えた。そう思ったときにはもう、 彼の口元はいつもどおりの微笑みをたたえていた。
「……それは違うよ」
つい、苗木を思い出す。
「確かにボクは、その言葉で言ったらカムクライズルと同じかもしれないね。でも全然違うよ……だってボクは、希望を見据えているんだよ!ただ絶望に溺れている彼らとは違う!そう……楽しみなんだよ……大きな希望が生まれるのがね……。だから苗木クンの身が案じられるんだよね、彼は希望そのものだったからさ。でもボクは信じてるんだ!だってそんな希望が、絶望なんかに負ける訳がないでしょ?」
これが、希望?狛枝言う通りの希望があるのなら、それは確かに苗木なのかもしれない。けれどそれを恍惚として語る狛枝は、どす黒い何かを瞳に宿らせている。どこか不気味で、吸い込まれてしまいそうな。目を逸らせなかった。
希望を信じている。そこだけは、苗木と似ているのかもしれない。けれどその在り方は。背景は。全く違うのかもしれない。
苗木、どこにいるんだ。切実に思う。
彼がいなければ、きっとここは駄目になる。侵食を、きっと十神だけでは止められない。

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