小説C

□炎、消え去る灰へと
1ページ/1ページ

決別しなければならない。狛枝は笑った。
目の前には、橋。その向こうには、暗い道が続いている。脇に沿うように生えているビルは崩れ、炎が上がっている。狛枝は手元の写真から顔を上げ、一歩を踏み出す。
どこまでも道は続いていた。狛枝は構わず、歩き続ける。血だまりが広がっているのが見えた。その数は進むにつれて多くなっていく。その次には、死体が転がっているのが見えた。最初は間隔をあけてぽつりぽつりと落ちていたのに、だんだんその間隔は狭くなって、遂にはなくなった。死体の山ができている。だらりと垂れた手が折り重なる中で、助けを求めるように伸ばされた手もあった。興味なさげに一瞥する。そんなものは彼の胸中にはない。あるのは、期待と少しの怖れだけだ。
……いよいよだ。狛枝は笑った。
子供のはしゃぐ声が聞こえる。か細かったそれが、徐々に増えていく。ほの暗い路地の向こうから笑い声が聞こえて、まるでこの道に、終わりがないように思える。不意に、笑い声が潜まった。けれどそれは消えた訳ではなくて、なにか、イタズラをする子どものような声。隠しながらも堪えきれず、唇の隙間から漏れるような笑い声。それが一層楽しげに響いたそのとき、轟音が弾けた。振り返ると強烈な熱をはらんだ向かい風が、視界を覆った。地面が揺れている。ついさっきまで狛枝が渡っていた橋が、半ばあたりで崩れていた。煙が上がり、笑い声が一等うるさく涌く。立ち止まった。
決別しなければならない。狛枝はポケットを探り、写真を取り出した。縋っていてはダメだ。ねえ、お別れしようか。どのみちいずれそうなるのだけど。狛枝は笑った。なんて、絶望的なんだろう。それでもボクは進まなきゃならないからさ。
自分は成し遂げられるだろうか。狛枝には分からない。けれど行かなければならない、前に。裏切ることは許されない。うん、絶望的だ。でも大切だったよ、紛れもなく。だからちゃんとお別れするんだ、境界を引こうよ。あはっ、できれば悲しませたくはなかったんだけど。でもそれもいいかな、覚えていてくれるだろうから。
結局完全に遮断することなんてできないのだ。狛枝も知っている。それでもそれを隠すのは得意だった。
狛枝は空を仰ぐ。大きく息を吸い込んだ。写真を、燃えさかる火の上で一度見つめる。焼き付けるみたいな、突き放すみたいな視線だった。そしてそのまま、手を離した。ひらりと舞う。炎がまとわりついた中央のほうから、焦げていく。そこに穴があいた。それが広がるように、写真は消えていく。パチパチと火の粉が踊って、地に落ちて消えた。狛枝はただ、その鮮やかな絵が空白になるのを見ていた。やがて視界のなかにはなにもなくなる。狛枝は目を細めた。そして振り返る。狛枝のコートのすそが、翻った。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ