小説C

□The words I never said.
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軽く助走をつけて、アスファルトにできた水たまりを飛び越す。うしろをゆっくりと歩くサルは呆れたように笑った。
昨日の土砂降りは嘘のようで、真っ青な空を裂く太陽が、湿ったアスファルトを光らせている。日当たりのいいところはもう乾いた灰色に変わっているが、ほかは大抵がまだ水を含んでいる。植え込みの雑草は水滴の重みでしだれ、その根もとの土はぬかるむ。
フェイのかかとが水たまりのふちをわずかに踏んで、跳ねた水がそこへと落ちた。ズボンの裾にも染みをつくる。
「あーあ、濡れたよ」
少し離れたところから、サルが楽しげに呼びかけた。
「ほんとだ」フェイは体をひねる。「ま、いいや」それからサルのもとへと、小走りで駆けてきた。二人は歩き続ける。
「昨日、虹出たかなあ」晴天を見上げながら、サルのとなりでフェイが呟く。
サルは眩しさに目を細めた。「そうかも」手で目もとに影をつくる。「あのあと、すぐに晴れたからね」
「見たかったなあ……っ」フェイが組んだ手をぴんと上げて、伸びをした。
「また虹は出るよ」サルも空を見上げる。「あさってでも、来年でも、十年後でもね」
「僕と君で、見られるといいね」
だいじょうぶだ。もう、特異を虐げられることはない。力の暴走に怯えることはない。自分を侵食していく不可解にやけになることはない。自らの優越を認めさせる必要だってない。
僕たちが勝っているから迫害するんだ、だからみんな僕たちを捨てたんだ。そんな歪んだ考えを持たないと救いがないワケじゃない。
救いなんてどこにもないけれど、だからこそどこにだってあるのだ。
「……見られるさ。きっと」
サルの言葉を聞いて、フェイは嬉しそうにはにかむ。
「サルもさ、だいぶ変わったよね」
「そうかな?」
「うん」歩調に合わせて、フェイの髪が弾む。「……なんだか、やわらかくなった」
サルはフェイの横顔を見つめる。「……フェイだって、変わったよ」
フェイはこれ以上ないくらい、意外そうな顔をしてサルを見た。「……そうかな?」
「うん。……僕に、頼ってくれるようになった」
「サルだって」からかうようにフェイは言う。「……もう、『皇帝』じゃないからね」
「うん。僕も君も、ただの子どもだ」
「でもそれでよかったよ、サル。……また君と、純粋にサッカーができる。それだけで嬉しいんだ」
サルはふと考える。「僕は」フェイは不思議そうに眉を上げた。
「……フェイと……友だちになれただけで……嬉しい」
横目でフェイを窺うと、隣の彼は満面の笑みを綻ばせる。
「もちろん!……僕もだよ、サル」
こんなときに、相手の心情をさっと読み取れないのが、もどかしい。でも、そのぶんまっすぐに、フェイの笑顔を受け止められる。
あのころより、何倍も眩しくなったこの顔を。
だから、これでいい。
そう言うと、フェイはいたずらっぽく肘でサルをこづいた。

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