小説C

□泣き腫らして刺さる
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「狛枝クンっ!」
何度目か、彼が叫ぶのが聞こえる。ボクはそれを、引き金を引いてかき消した。
苗木クンは歯噛みをして壁際に身を隠す。威嚇の意を込めて、そのぎりぎりにもう一発、撃った。銃を撃ったのは片手で足りるほどで、やっぱり反動がきつい。手のひらから肩にかけて、金槌でくまなく叩かれているみたいだ。
弾がなくなった。シリンダーを取り出して、コートのポケットから銃弾を取り出して装填する。一つ一つ弾を込めていく。指先が、少し震えていた。最大装填数六発のハンドガンは、やっぱり武器としては物足りない。
同じものを、彼だって持っているはずだけど。
「……撃ちなよ」
苗木クンには多分聞こえていない。二十メートルほどか、ボクと彼のあいだには結構距離がある。引き金に人差し指を当てがって、壁の端から向こうを覗き込む。悔しそうな、切羽詰まった表情でまっすぐ前を睨む苗木クンの鼻先が、ちらりと見えた。ひとつ、息をはく。
「狛枝クンっ!」
また声が聞こえた。
飛び出して銃を向ける。けれど、そこには予想もしなかった光景が広がっていた。
「……っ!?」
慌てて二発、狙いをつけないで発砲する。けど、ボクに向かって走っている苗木クンにかすっただけで、彼を停止させるには至らない。
「狛枝クンっ!」
ぐしゃぐしゃの顔で彼は走る。ボクはまた撃った。また当たらない。後ろに下がりながらまた撃つ。苗木クンの髪を何本か散らした。
ぎりぎりのところを弾がすり抜けていくのは、ボクの不運か、それともキミの幸運か。
でもボクに向かってきている苗木クンは、もうボクとの間隔は狭くなっている。いくらボクでも。
「……この距離なら外さないよ……っ」
二十センチ。
やっぱりボクはツイてた。
苗木クンの額にしっかり狙いをつけて、トリガーに指をかける。一瞬だけ苗木クンの瞳が揺らいだのが分かる、だけど彼は止まらない。
もう、後には引けない。
引き金を引いた。
その後のことなんて、思い浮かべていなかった。苗木クンを殺して、それで?……分からない。
全身に衝撃が走って、後頭部がどこかに打ち付けられた。
瞬きをする。目の前には苗木クンがいた。下腹部の重みと体勢で、馬乗りにされているのだと分かった。倒れた衝撃で、銃はボクの手を離れて床に転がっている。
苗木クンが、それぞれの手でボクの両手を床に磔にする。覆い被さるようなかたちで、苗木クンの息は大分きれて、肩は上下を繰り返す。
安堵と葛藤が、彼の表情に滲んでいた。
「弾が……詰まった……?」
そうとしか考えられなかった。
「ツイて……なかったな」
苗木クンは苦しげに眉を八の字に歪める。目には涙が滲んでいた。
「……撃ちなよ」
今度こそ聞こえたはずだ。早く、撃ちなよ。
「……安心してよ。手を離したって抵抗はしないからさ」
畳み掛けるようにボクは言う。苗木クンの瞳が、また潤んだ。
「そういうことじゃない……っ!狛枝クン、ボクは」
「撃ちなよ」
自分でも驚くくらい、事務的な声だった。
「狛枝クン……っ!」
彼の声は泣きそうに揺れている。それに呼応するみたいに、瞳から一粒涙が落ちた。それと同時にボクの頬に、冷たいなにかが落っこちた。「……撃ちなよ」言い聞かせるようにまた、告げる。諭すみたいに。ボクを押さえつけていた苗木クンの手が、離れた。
その手は胸ポケットへと伸びて、そこから苗木クンは、ゆっくりと、銃を取り出す。黒々と鈍く光る銃身が、おぼろげにその姿を表した。ボクと同じ銃。ボクが未来機関の職員から奪ったそれ。
苗木クンはグリップを両手で握って、胸の前でぼうっと構える。所在なさげにたたずむその手を、ボクは包んだ。一瞬戸惑った手がボクのてのひらで震えて、それから力がこもった。
「ダメだよ、狛枝クン……!」
ボクが何をしようとしているか、気がついたみたいだった。
構わず、ボクはそれを引き寄せる。苗木クンは阻止しようと力を入れ続けたけれど、体格差と疲弊度を鑑みれば、圧倒的にボクの勝利だ。
バレルは、すぐボクのほうを向いた。
「……撃ちなよ、苗木クン」
人差し指を、トリガーに触れさせる。
苗木クンの手首を掴んで、銃口をボクの額に押し付けさせた。ひやりとした感触が、触れた。
「やだよ、狛枝クン」駄々だ。
「……撃ちなよ」
「いやだよ、ボクはこんなことをするためにキミを追ったんじゃない……!」
「……じゃあボクを助けるため?ねえ苗木クン、そんなの傲慢だよ。ボクには助けなんか必要ない。ボクにはボクの意志があるんだ」
嘲笑してみせると、また苗木クンの頬を涙が滑った。
「ちがう、ボクは……っ」
ここで彼は初めて、しゃくり上げた。
「キミと一緒にいたかった……!キミといられればよかったんだ!それだけだった、他は望んでなかった!キミが、絶望したって死にたがったって、ボクはキミのそばにいられればよかったんだ!!」
ぽたぽたと立て続けに、涙がボクの顔へと落ちる。ボクも泣いているみたいに見えるんだろうか、彼にはそっちのほうがいいんだろうけど。
「無理だよ」感情を殺す。
「ボクなんかとキミなんかが一緒にいられるなんて、そんな訳がないんだ。遅かれ早かれこうなった。それがちょっと、早まっただけだよ」
顎を引いて苗木クンを見ると、突きつけられた銃口がそれを止めた。
「早く殺してよ。……いいよ、キミになら」
殺せと言ってこういう優しい言葉をかけるのは、酷いと思う。それでも、最後くらいはいいんじゃないかと、そんなことありはしないのに思う。
苗木クンの顔が、ぐっと歪んだ。
「やだよ、できるわけないよ!ボクにキミが殺せるなんて、本当に思ってるの!?」
苗木クンの涙を受け止めながら、ボクは笑った。
「できるよ。……できる」
「できないよ!だってボクは」
「……さあ、苗木クン」
さっきまでの轟音、銃声で、耳鳴りがする。
苗木クンがボクの名前を呼んだけれど、それに遮られて聞こえなかった。

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