小説C

□キミを信じてるよ。
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目の前で笑うこいつを、日向はどうも信用できない。
いや、頼りにはなる。なるのだけれど。
それはあくまでも、狛枝が『うまくやる』からだ。狛枝にまかせれば結局、なんとかなってしまうから。頼りになる、のではなくて、頼ることができる。経験と信頼に基づいた、心からの賛辞ではなかった。ただの事実。
今でさえよく分からない。
いつもへらへらと笑っている狛枝のことが。その笑みは本心なのか?それとも虚偽なのか?
そもそもなぜ俺のそばにいるんだ。
「……あれ、日向クン。ぼうっとしてるね。もっとも、ボクの話なんてつまらないから仕方ないんだろうけど」
揶揄が混じった口調。それはきっと日向にではない。日向は顔をそむけた。
「……別に、そういう訳じゃない」
「おや、意外だね。日向クンがボクなんかにそんな優しい言葉をかけてくれるなんて」
なにを考えているのかわからない。真意が読み取れなくて、得体が知れない。
一緒にいるとこっちまでおかしくなりそうだ。
自己嫌悪に飲み込まれそうになる。すべてが矮小でバカらしく感じられる。なにもかもを吐き捨てたくなる。
狛枝はいつもこんなところにいるのか。
それでなぜ、笑っていられるのだろう。
そもそも本当に笑っているのか?
「だから、そういう訳じゃないよ」
狛枝はひどく驚いた顔をした。意外だ、そういうふうな。「今日の日向クンはほんとうに優しいね!」
「……」こういうことを素直に喜ぶところがわからない。理解しがたい。どこか、なにかが外れている。
いや、それを形作ってしまったのは俺じゃないのか。
周りが狛枝をそうしたんじゃないのか。
自らの冷たさが、淡白が、空けた距離感が。狛枝に背を向かせる原因になったんだとしたら。
俺には狛枝を疑う資格なんてないんじゃないのか。
「……だぁいじょうぶ。わかってるよ、そんな怖い顔しなくてもさ。日向クンが本心からボクに優しく接してくれるわけないよね!これでも空気は読めるほうなんだよ?それに合わせるかは……うん、ビミョーだけど」
「……狛枝!」気がついたら声を荒らげていた。
狛枝は意表をつかれるように日向を見た。
そんなふうに言ってほしくない。
少なくともいままで接してきた時間を、表面上だけのいつわりだなんて言ってほしくない。
「確かに、全部は任せられないかもしれないけど……今は」
狛枝の表情が少しだけ訝しげになる。
「俺は、……お前を信じてるよ」
何も言わない。けれど狛枝はうつむいて、「……お世辞でも、嬉しいよ」とだけ言った。

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