小説C

□アイスが溶けるまで
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ゴン、待てよ。
その呼びかけに背中は応じない。まっすぐ、まっすぐ、往来を歩いていく。痺れを切らしたキルアが足を速めると、ゴンも早足になる。追いかける途中でゴン、と名前を呼んで、右手の地図がくしゃくしゃに握り締められているのに気がついた。
なんか知らないけど、結構怒ってる。
キルアがトイレから出てきてすぐ、『行こう、キルア』と言ってゴンは扉をくぐってしまった。あと少しだけ残したテーブルのパフェを横目で見る間もなく、代金を急いで払って出てきた。よろしいのですか、と控えめにカウンターのお姉さんが訊いていた。
「おいゴン、落ち着けよ。もう少しで300ジェニー得したのに。あと3口だったんだからさ。」
ぴた、とゴンが足を止めた。
「ムカっときちゃったんだ。」
「……は?」
少しだけゴンは振り向いて、言い終えてすぐまた前を向く。「……キルアが、人殺しとかなんとか言われてた。」
まずは拍子抜けした。頭の後ろで腕を組んで、立ち止まるゴンに近づいていく。
「頭にきたんだ。あいつら、キルアの後ろ姿を見ながらヘンなこと言ってた。それも、キルア個人のことじゃない。キルアの……あの家のことでさ。キルアがさんざんバカにされてるのを聞いてたら、ガマンできなかったんだ」
聞きながら歩くうち、キルアはゴンに肩を並べた。追いついた横に立って、ゴンの顔を除きこむ。
ゴンはまっすぐに呟く。俯き気味に、前を見ながら。
「バカだなー。ゾルディック家の評判なんてそんなもんだよ。」
実際キルアは意に介してもいない。慣れた罵倒。使い古された揶揄。
けれどもゴンは怒ってくれた。なによりキルアに。なによりオレに。
「……関係ない!キルアはキルアなのに」
グリードアイランドのときは、ジンのゲームをひどく扱われて憤慨していた。それを思い出しながら、ちょっとだけ、嬉しくなる。
「……キルアだって、オレがジンの息子だってことでなんかされたら、怒ってくれるでしょ。」
にっと笑うゴンの、白い歯が覗く。
「さー。オレは知らねーなー。」
そっぽを向きながら答える。ゴンは黙ってキルアを見返した。「……ウソだよ。ぶん殴っちまうかもしれねーな。最悪半殺し」
「ほらね。でもオレは、うーん、キルアが怒ってくれるだけで嬉しいや!」
「ばっ……」
あからさまに面食らったのを隠そうとして、つい手が出た。ゴンの背中を手のひらがぶっ叩く。「いってー!」
「……。……も」
「ん?」
「オ、レ、も、つったんだよ!」
ゴンの手からくしゃくしゃの地図をひったくって、キルアが前を歩きだす。待ってよー、と言いながら、ゴンがそれを追いかける。
「キルアー!アイス食べたい!」
「さっきも食っただろ!」
「はんぱで出てきちゃったからさ、あんまりたまってないんだよー」
「こいつ……。あ、あれな。10分で食べきったら1000ジェニー!」
「また早食いー?じゃあ、どっちが早く食べ終わるか競争ね!」
「よーしぜってー負けねー」
「どうする?負けたら……」
「腕立て10000回!」
「よしきた!」
笑って木製のドアを引く。冷房の冷たい空気が、ふわっと流れ出してくる。

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