小説C

□ジバニャンみたいなおひさまと
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でもまさか、じんめん犬に憧れる妖怪がいるなんて思わなかったなぁ。
夕暮れのかえりみち、何気なく呟かれたケータの言葉を、ななめうしろでウィスパーは聞き流す。そうでうぃすねえ。
「まあでも、ちょっと楽しかったかも。大人のふり!」
「そう言ってもあーた、あれは空回りしすぎでうぃす。まだまだ子どもなんですから、なにもあんな露骨に憧れなくてもいいんですよ」
「またそうやって子どもあつかいするー」
頬をふくらませたケータに思う。ほら、そういうところが子どもなんでうぃす。
ふいに、アスファルトに滲んだケータの影が目にはいる。自分にはない黒いしみ。ああ、ケータくんは生きてるんですねぇ。なにもない自分の体の下をちらりと見て、ケータのあとを追いかけた。もうすぐ夕日が沈んでしまいそうだ。暗くなる前に帰らないとまたお母さんが心配しますよ、と言いかけて、子どもあつかいだとむくれそうだからやめておく。心配しなくても、なんだかんだ言ってケータが素直だというのは知っているし、ちゃんと門限までには家に着くように歩いているんだろうなあ、とウィスパーは思っている、変に冷めたところはあるとしても。まったくかわいい子どもですよ。執事として仕え甲斐があります。
「変にひねくれることもなく、照れながらもしっかり優しさを前に出すことができるあたたかい心をもった子だ、なんて、いささか格好つけすぎでうぃすかねぇ」
先を歩くケータが立ち止まって、おーいと手を振る。ウィスパー、はやくー。執事だと名乗ってはいるが、こういう対等に接してくれる空間が好きなのだ。友だちみたいにさわいで、ケンカもして、たまにからかいあったりしてぎゃーぎゃーわめいて。でもいつのまにか眠ったりなんかしてしまう子どもらしいところもあって。
「今行きますよー、せっかちですねえまったく」
もっと大人の余裕ってもんを持たないと。言ってやると軽く睨まれる。ぜんぜん、怖くない。
「ほらほら、うしろむいて歩いてると危ないですよ」
「だいじょうぶだよー、もう子どもじゃないんだから!」
弾むように、うしろむきのステップ。
逆光で暗いケータの顔、瞳だけ明るく光が差す。まんまるの目がウィスパーを見つめて、ぶつかる。「ウィスパー、どうしたの?」
「……うぃす?」
「オレの顔になんかついてた?」
怪訝そうな、まっすぐな目。言いよどんでいたとき、ケータがわあっと声を上げて体勢を崩した。
うしろむきのまま倒れていくケータの腕をあわてて掴んでひっぱりあげて、背中に手をまわして力をこめる。なんとかケータの両足が立ち直ったのを見て、ウィスパーがわざとらしく、にやにや笑いながらため息をついた。
「ケータくーん。だから言ったでしょーよ、危ないって」
ケータは答えずに、口をぱくぱくさせながら目をまんまるにしている。夕日が頬を、オレンジに彩る。
「……ケータくん?」
「な、な、なんでもない!」
ウィスパーって、オレが思ってたよりずっとおとななんだ。
今まで同級生みたいに一緒にさわいでいたけど、本当は、オレなんかより、ずっと。もしかしたらオレに合わせてはしゃいでくれてただけなのかもしれない。そうだとしたら、オレ、今までどおりにウィスパーとおしゃべりしててもいいのかなぁ。
「……ああ、もう!」
くるっとウィスパーに背を向ける。沈みぎわの夕日を睨みつけて、それに向かってまっすぐ伸びたアスファルト、歩道のうえを走り出した。
「ウィスパー、帰るよ!遅くなったら怒られちゃう!」
今度はウィスパーがあっけにとられる。夕日のなかのケータの輪郭、アスファルトのまんなか、長く伸びた影。手を振る指先。
「だから、前を向いて走らないと危ないでうぃすよー!」
声を張り上げながら、ケータに追いつく。走るケータに並んで、まっすぐ、もうよりみちはしないで、帰る。
「……転びそうになったら、……また、ウィスパーがさ……」
まぶしげに細められたまなざしは正面、怒っているようにも見える。ウィスパーが見たケータの横顔、前髪の影が落ちている。オレンジに染まるケータのまるい頬。
思わずくすっと笑った。
「さてさて、なんのことでしょう?」
「あーもう、ウィスパーなんて知らない!もう、ホントに知らないからね!」
「あーんごめんなさいってケータきゅーん、ワタクシが悪かったですからぁ」
「えーもう知らないし!ウィスパーのぶんのチョコボー、ジバニャンにあげちゃうんだからね!」
6時まであと5分。ウォッチを確認したケータが、間に合うかなあ、とつぶやいて、だいじょうぶでしょう、とウィスパーが答える。
いつまで一緒にいられるかわからないけど、でも、それまでは、たぶんずっと。
ウィスパー、はやくしないと置いてっちゃうよ!
ケータの背中をみつめるウィスパーを、ケータがこんどは一瞬だけ、ふりかえった。

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