小説

□あの夏の日
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それはそれは暑い、8月15日の午後12時半くらいの事だった。
病気になるんじゃないかと疑うほど眩しい日差しの中、することもない暇な休日を、公園で霧野と駄弁って過ごしていた。
すると、俺の隣のブランコに座っている霧野が、気だるそうに口を開く。
「でもまぁ、夏は嫌いだな……」
だってほら、暑いだろ?
膝の上の猫をなでながらそう呟く様子があまりにもふてぶてしくて、思わず笑みがこぼれる。
そうだな、と相槌を打って、霧野の膝の上の猫を見つめる。
「ああ、神童猫苦手だったっけ?」
「嫌いではないんだが……。少し苦手だな」
かわいいけどなあ、と呟いて、霧野はまた猫を撫でる。
そのとき、霧野の膝の上から、とん、と音を立てて、猫が降りた。
猫は公園の出口へと真っ直ぐに走っていく。
霧野が勢いよく立ち上がった。霧野が座っていたブランコが、キィ、と音を立てて揺れる。
霧野は、猫を追いかけて走り出した。
霧野、と声をあげて俺も走り出す。
霧野の腕を掴もうと右手を伸ばすも、それは空を掴んだ。
目の前の、歩行者用の歩道の信号機が赤に変わる。その上には、逃げ出した猫の後を追いかけて、そこに飛び込んでしまった――霧野がいた。

バッと通ったトラックが、数メートル先のところまで霧野を引きずっていく。
突然の出来事に立ち尽くしていた俺の髪を、トラックが通った後の風が揺らす。トラックの不快なブレーキ音が、鼓膜に突き刺さった。
やっと目の前の光景を理解して、霧野のところに駆け寄る。
道路に飛び散った血飛沫の色が、いつもの霧野の香りと混ざりあって、胃液が逆流しそうになる。足はトラックの下敷きになったのか潰れていて。もうこれじゃサッカーできないじゃないか――違う。もう息さえ、できない。
「きり……の……?」
生々しすぎるほど真っ赤な血の上で、陽炎がゆらゆらと揺れている。
それは『嘘じゃないぞ』と嗤っている気がした。
真っ青な空に響く蝉の声が、脳を直接かき回しているようで、目の前がすべて眩んでいった。
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