小説

□とある如月の
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「ぎゃああああ!ちょっとカノさん!?」
外出先から帰ってきた私が目撃したのは、ソファに座って――今日食べようと楽しみにとっておいた、新発売の『チョコレートがけさきいか』の封を開けているカノさんだった。
この通常ならばあり得ない組み合わせの商品はなにかというと、この間立ち寄ったコンビニで偶然目に留まり、衝動を抑えられずにレジに持っていったものだ。付き添いの団長さんが、ドン引きした表情で私を見たことは言うまでもない。
「い、いやあキサラギちゃん……ごめんごめん、なんか面白いのがあったからつい……」
「つい……じゃないですよ!
私は新しい商品の封を自分で開けたいんです!自分で!なんで開けちゃうんですか!」
そう。私は自分で封を開けたい。
封を開けたときに漂うあの商品の香り。それがたまらない。他にも開けるときの手応えとかなかなか開かないときのもどかしさとかそれで開いたときの快感とか開かなくてハサミを使う屈辱とか……。
「……まあキサラギ、そう怒るな。
これやるから」
そう言って団長さんが渡してきたのは炭酸おしるこ。これのおかげで私の怒りは一気に緩和される。
「あ、いや……。そんなに美味しいのかと、キサラギがそれを買ったのと一緒に買ったんだが……すまん、やはり俺には無理だ」
「いえそんな!ありがとうございます団長さん!」
そして蓋を開ける。おしるこの甘い香りが鼻をくすぐる。そして口を付け、飲み干す。程よい炭酸の刺激と、それを包み込むようなおしるこの甘さ。そして所々にあるつぶあん。
そして、空になった缶をテーブルに叩き付け――
「くーっ!……って……あれ……?」
我に返ると、メカクシ団のメンバー全員が私を見ていた。
「ぷっ……キサラギちゃん最高……!くっ、あははは!」
「モモ……お前一応女子高生だろ?
ったくファッションセンスは異常だししかも人前でそんなこと――」
「ああもううるさいよお兄ちゃん!
自分だってパソコンでいかがわしい――」
「そうですよご主人!自分だって人のこと言えない立場なんですからね!
しかも仮にも妹さんは女の子なんですから!そんなデリカシーのない発言はいけません!
だからご主人はモテないんです!」
「ああああうるっせえよお前ら!
そんなことはいいんだよ!頼むからこれ以上俺の心を抉らないでくれよ!」
「か……仮にもじゃないよ!
モモちゃんはちゃんと女の子だもん……!」
「あはは、そうっすねマリー。
……ところで、なんでこんな大惨事になってるんっすか?なんかさっぱり状況が飲み込めないんっすけど」
途中からきたセトさんが、至極真っ当な質問をする。まあ、普通の人ならば飲み込めない状況であることは確かだ。
「えっとねえ、キサラギちゃんが……ぷっ……あはははは!」
いつまで笑っているつもりなのだろうかこの人は。そろそろうざい。
「すまんセト。俺が説明する。
えーと……キサラギがこの間、これを買ってきたんだが」
そして団長さんは、『チョコレートがけさきいか』をセトさんに見せる。
「これはまた……グロテスクな感じのやつを買ってきたっすね……」
「妹さんちょっとこれはないです」
「……不味そう……。モモちゃんこれ食べるんだ……」
食べます。どうせ私は異常な嗜好ですよ。
「……続ける。キサラギはこれを買ってきて、そこのテーブルの上に置いておいた。それで……出掛けたんだったよな?そして帰ってきたら、カノがそれの封を開けていた。以上だ」
説明し終えた団長さんが、ソファの背もたれに体重を預けて、ぼふ、と沈む。
「いや……これを買うのもすごいっすけど、それを開けるカノもすごいっすね」
「だって面白いじゃん?開けたくならない?……あ、そうそうキサラギちゃんは自分で封を開けたいんだって」
「そんなことはどうでもいいんですカノさん!開けたからには食べてくださいねこれ!
もちろん全部ですよ!」
私が勝ち誇ったような表情でこう告げると、カノさんは顔を引きつらせる。
「え……キサラギちゃん本当に……?
どうしても?」
「はいもちろん!」
カノさんは助けて、とばかりに団長さんとセトさんに視線を送ったものの、『当然の報いだな』、『頑張るっすよカノ!』と言わんばかりの視線を返され、ソファの背もたれに顔を預けて沈んでしまった。
「団長さん団長さん!ちょっと」
手招きしながら、小声で団長さんを呼ぶ。どうしたキサラギ、と団長さんはこちらへ。
「カノさんにあれを食べさせる方法なんですけど……」
「……ああ。……は?なぜ俺がそんなこと……!」
「少しだけ我慢してください!お願いします!それで……」
「ああ……分かった。まあ若干不本意だが……やればいいんだろ?」
「……はい。お願いします」







「……カノ。少しこっちを向け」
「……キド?なにさ」
そして団長さんの方へ体を向けるカノさん。今二人はソファに座っている。団長さんの方へ向いたカノさんの肩を、団長さんが押した。すると当然カノさんは後ろへ倒れる訳で。
「き……キド……?え、ちょっなになんか怖いよ……?」
後ろでは、ついに夜這いですか団長さん!なんて声も聞こえるが無視した。倒れて戸惑っているカノさんの肩を片手で尚も押さえつけ、
「がががが我慢しろカノ……。俺だってやりたくてやっている訳では」
そして団長さんは空いている片手をカノさんの口の前へ持っていく。
そしてカノさんが気付いたのは――団長さんの、赤目。
「キド……それって、もしかして」
顔面蒼白のカノさんだが、もう遅い。
「ああ、もちろん!」
次の瞬間団長さんは、能力を解除する。今まで《隠されて》いた
『チョコレートがけさきいか』が、カノさんの口の中へねじ込まれ――。
そして、カノさんは気絶。
「団長さん、ありがとうございました!」
「ああ。だが、もう二度とやらないぞ。絶対に」
そして、残った『チョコレートがけさきいか』を口に運ぶ。
「美味しいと思うんだけどなあ……それとも、気絶するほど美味しかったのかな……?」
「それはないと思うっすよ……」
セトさんの苦笑い。
「ところで妹さん、出掛けたんですよね?何してきたんですか?ひょっとしてデートとか」
「それはねえよ、エネ。なあモモ」
相変わらずデリカシーのない兄だ。
「……一緒に行きたかったな……」
「あああああごめんねマリーちゃん!でもちょっとびっくりさせたくてさ!」
ほら、これ!
そう言って、マリーちゃんに買ってきたミサンガを渡す。
「なにかメカクシ団全員でお揃いの物を用意したかったんですけど、そんなに高いものは無理だし……ということで、ミサンガです!全員分ありますよー」
最初はお兄ちゃん。赤だ。
「おいモモ、これエネの分どうすればいいんだよ?」
「お兄ちゃんの携帯にでも付けといて!」
そしてエネちゃんの分の青も渡して、その次はセトさんに、緑。
そしてその次はカノさんに、黒。
気絶しているので腹の上にでも置いておくことにする。
そして団長さん、紫。
「……本当は」
「……うん?」
「一人で行けるか、心配だったんです。けど、行けました!
だから……メカクシ完了、です!」
「ああ――頑張ったな、キサラギ」
微笑んでこう言ってくれた団長さんは、とても格好よかった。
「……ところでキサラギ」
「はい?」
「あの残ったさきいか、どうするんだ?」
「……あー……私が食べます。全部。もちろん」
「……そうか、頼むよ」
――昨日も、今日も晴天で……そして――昨日も、今日も、私は楽しく過ごしています!

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