小説

□イエス、マイロード。
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そして、シャンデリアが揺れた。
「……おい、瀬戸。黙らせてくれ」
シンタローは静かに命じた。
「まったく、ご主人は人使いが荒いっすね」
そう呟いたのはこの屋敷の執事の瀬戸だった。主人に対する言葉にしては口調が軽いのは毎度の事だ。
「じゃあ辞めるか?」
好きにしていいぞ、とシンタローは笑った。
「遠慮しとくっす」
「ならさっさとしろよ」
しぶしぶといった感じで、瀬戸は動き始めた。シンタローは、それを椅子から見ているだけである。
「はあ……。ご主人の下で働いてると、優しさがどれだけ大事か骨身に染みるっす」
ぐらぐらと不安定なシャンデリアに、瀬戸は溜め息をつきながら右手をかざす。その瞬間シャンデリアは、まるでそこだけ時間が止まったかのように静止した。屋敷を、静寂が包む。
「どれだけ優しさが大事か骨身に染みる、って言ってたな?」
それを破ったのはシンタローだった。
瀬戸は笑顔で答える。
「……そうっすね?」
それを聞いて、シンタローは指先を何度か曲げた。言わずもがな、来い、の合図である。瀬戸はゆっくりと椅子に座っているシンタローの足元に歩を進め、そして、跪いた。
「……よくやったな、瀬戸。
俺が快適に生活できるのもお前のお陰だ。感謝している」
その言葉は見事な棒読みだった。
「……もしかしてご主人は、俺を怒らせようとしてるっすか?」
そう答えた瀬戸も笑顔だった。
「そうかもな?」
シンタローは軽口を叩いた。
人を小馬鹿にしたような態度はいつもどおりである。さすが城に引き篭もっているだけあって、対人関係の構築は苦手らしい。コミュニケーション力が乏しいのも無理は無い。なにしろ城に引き篭もっている約二年間、ずっと瀬戸としか会話をしていない。しかも相手が執事とあっては、よりぞんざいな態度になる。だがなまじ賢いのが更にシンタローの性格をこじれさせていた。実際シンタローは頭が良かったし、自分でそれを自覚してもいた。それが余計にシンタローの人格に影響をもたらしている。
「……駄目っす!
相変わらずご主人は優しさというものを分かっていらっしゃらな
いっす!」
言うが速いか瀬戸は立ち上がり、右手でシンタローの髪を梳いた。シンタローはくすぐったそうに目を細めるが、特に咎めはしない。もう慣れてしまっていたのである。瀬戸はシンタローの額に手を乗せ、そのまま額に口付けた。頬、耳、首筋。瀬戸の唇が点々と移動していく。そしてシンタローの耳に口を寄せ、こう囁いた。
「俺が本当の優しさという物を教えて差し上げるっすよ」
お前は余計なことしないでそうしてればいいんだよ。
このシンタローの言葉を聞いて、瀬戸は意地悪く口角を吊り上げた。そしてそれを合図に、瀬戸の手が枷を外したように動き出した。

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