小説

□絶望しようよ
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苗木の視線の先には、壁をびっしりと埋め尽くすモニターがあった。身じろぎ一つせず、苗木はそれをじっと見つめている。
舞園、不二咲、桑田、大和田、石丸、十神、霧切、朝日奈、腐川、大神、セレス、葉隠、山田。
ぽつりぽつりとモニターの映像は切り替わり、『超高校級の』生徒たちを映す。足を組んで座り、目線は画面から移さなかった。
目が悪くなりそうだな、と苗木は思った。なにしろ部屋は真っ暗で、唯一の光源はモニター画面の光だけである。
ねえ、寂しくないの。
ふとそう声がした。
君は純粋に友人をつくることすら許されないんだよ。そのふりをすることしか許されないんだよ。
ねえ、寂しくないの。
モノクマだった。いつものモノクマらしからぬ口調で、机を挟んで苗木の真っ正面に立ってこう問うていた。苗木は視線を初めてモニターからずらした。その先には虚空があり、そしてモノクマがあった。しばらくの沈黙があって、苗木は口を開く。
「……口が過ぎるよ、江ノ島」
苗木は微笑んでいた。だがその眼には光は宿っていない。うぷぷ、と下品な笑い声がして、止んで、モノクマは小首を傾げる。モノクマはそこからぴくりとも動かなくなった。
『……ごめんなさあい』
モニターごしの女の声だった。苗木がずっと見ているモニターの画面が、全て江ノ島に変わる。彼女はおどけた様子で苗木に手を降っていた。
「いくらモデルといえども、何百人に手を振られるのは遠慮したいな」
苗木は口角を上げた。だが上げただけで微笑んではいない。
『違うんでしょ?』
あっけらかんとして江ノ島は言った。
『この部屋をあたしに見られてる、監視されてるのが嫌なんでしょ、アイツラを監視するためのその部屋をあたしに監視されてるのが嫌なんでしょ?』
明け透けな物言いだった。
おまけにそっちはあたしがこうして電波送ったときしかこっちの部屋見れないしねえ、と江ノ島は笑う。
苗木は何も言わなかった。否定も肯定もしなかった。だが苗木にとっての沈黙は肯定だった。
「そこまで分かってるなら、あまり僕を苛々させないでほしいな」
苛つきなど微塵も感じさせない、平坦な口調だった。口角をつり上げただけの微笑みで、モニターの中の江ノ島を見ている。
『……で、どうなの。寂しくないの』
唐突に江ノ島は話を戻した。
「……どうだろうね。僕は君みたいな絶望狂じゃないから、少なくともそういった状況に興奮したりはしないよ」
ややあって、苗木が続ける。
「でもね、少なからず満ち足りていないのは確かだ」
『それが寂しいってことなんじゃないの?』
揶揄するように江ノ島は笑う。
「……分からない。僕の心の中に、才能と呼べるものは何一つ無い。でもそのこと自体が才能なんだとしたら」
『希望も絶望も感じない、感じられない。感じられないことを感じている。感じられないことを感じているから満たされない、満たされないから感じない。悪循環だねー』
うぷぷと江ノ島は笑い、続けた。
『ま、絶望すれば少し位は分かるんじゃない?普通の人間の気持ちってやつがさ』
「だったら、早く皆に殺し合ってもらわないとね」
何気ない一言だった。だが江ノ島は聞き逃さなかった。
『アイツラが殺し合えば絶望するってちょっとでも思ってるならさ、やっぱり苗木寂しいんだよ』
そう言い残して、モニターの映像は江ノ島から監視カメラの映像に切り替わった。舞園の部屋だった。包丁を、見つめていた。
「どう?ちょっとは絶望しそう?」
モノクマだ。相変わらず小首を傾げている。
「……分からない。今まで絶望なんかしたことないから、何が絶望かだなんて分からない」
「そっか」
返事は間髪入れずに返ってきた。
「バイバイ、アイドルちゃん。うぷぷ、うぷぷぷ……!」
モノクマの笑い声を、苗木の椅子が軋む音が遮った。苗木は立ち上がってドアへと歩きだしていた。
「そろそろ行かないと。どうせもうすぐ裁判なんだろ?」
ドアが閉まる。苗木が部屋から去るといつの間にかモニターも消え、部屋には暗闇だけがあった。物音一つしない。刹那、江ノ島の声が響く。
『本当は寂しいんでしょ?それに気付いていないふりをしているだけなんでしょ?でもそれに気付いていないんでしょ?』
ブツリ、と通信が切れる音がして、再び部屋に暗闇だけが残された。入れ違うかのように、校内に放送が響いた。
『ピンポンパンポーン。裁判を開始します。オマエラ、初めての裁判だね!ワックワクのドッキドキだよね!エキサイティングだね!自分がどれだけ絶望的か、』
気付きなよ。
廊下を歩きながらそれを聞いて、苗木はくすりと微笑んだ。
「それは、僕に言ってるのかな?」
そして天井を見上げた。その視線の寸分違わぬ位置に、監視カメラがあった。
「ほら、やっぱ気付いてないフリしてるだけじゃん。いいかげん気付きなよ」
そう言って、江ノ島は少しだけ悲しそうに嘲笑した。

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