小説

□いつからこんなに
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生暖かさを孕んだ風が吹いてきた。ちょうど角を曲がったエレンに、それは向かっていく。幸いあまり強い風ではなかったから、そこまで髪や衣服の裾が舞うことはなかった。
「行ってきます」
台所仕事に勤しむカルラにこう告げ、最寄りの駅へ向かおうとしたのはきっかり五分前。しかし玄関を出て数十歩歩いたところで弁当を忘れたことに気付き、家に戻り弁当を取ったものの今度はマフラーを忘れた。もう一度さっき歩いたばかりの道へと引きかえそうとして半分くらい歩いたところで、結構な距離を歩いていたエレンはどうにも暑くなって、マフラーをつけるには耐え難い。お陰で踵を返して五分のロスである。
ああ、またか。
今朝のことを思い出してエレンは溜め息をついた。弁当を忘れたことではない。むしろその原因についてだった。
自分の心にぽっかり穴が空いたような虚無感を覚える事がある。そういう時は大抵エレンは意識が朦朧としていて、やはりこういう忘れ物が多くなってしまう。そんなに頻繁に起こる訳ではなかった。しかし、ふとしたそういう時に、なにか大事なものがかけているような、そんな物足りないような。
思い返せば結構な歳月これと付き合っている気がする。去年、一昨年、中二、中一、小学六年生。どの年もこれに悩まされていた気もするし、三日前あたりからふらりとやってきた気もしなくはない。曖昧でよく思い出せなかった。はああ、と再び大きな溜め息をついたエレンに、後ろから声をかけたのはアルミンだった。
「おはよう、エレン。どうしたの?溜め息なんかついて」
おまけにくすりと笑われる始末である。
「なんでもねえよ、別に」
「そうかな?結構エレンが溜め息ついてるところ見る気がするけど」
冗談まじりの口調だった。エレンは自身のついている溜め息の数をアルミンが記憶していることにやや驚きはしたが、それを表に出しはしない。
「……なあ、俺が溜め息ついてんのっていつ頃からか覚えてないよな」
努めてさりげない口調で尋ねた。アルミンは、うーん、としばらくの間考えるそぶりをしていたが、それがやがて困ったような表情に変わった。
「……いつ、だろうね?」
うーんと首をかしげながらアルミンは笑った。
「ミカサなら覚えてるかもね、もしかしたら」
あいつならあり得るな、と内心呆れながら、エレンはまた溜め息をついた。

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